【メンタル】絵描きばかりの世界だったら?という空想で「自己肯定感」を考えてみた

こんにちは、ちあき です。

 

今日は、生きている人全員が絵描きで、一人につき1枚の『自分らしさという絵』を完成させるのが決まり、とされる世界だったら?というifで自己肯定感とはどんな感じなのか、表現してみたいと思います。

 

自分らしさという絵

あるところに、みんなが絵描きの世界がありました。

この世界には、Aさんという人がいました。

実は、Aさんは絵が描けなくて、とても困っていました。

この世界では、一人につき1枚の『自分らしさという絵』を完成させるのが決まり、とされているからです。

 

来る日も来る日もキャンバスに向かいますが、どうも筆が進みません。

何を描きたいのか、どんな色が好きなのか、そもそも今何を描いていたのか、もはやAさんはわからなくなってしまっていました。

 

育ててくれた絵描きのお父さんとお母さんは、初めて筆と紙をもらってワクワクしている描き始めた当時のAさんに横から口々に言いました。

 

「もっとこんな色を使わないとダメよ」

「大きさはこのぐらいはないとダメだよ」

「こういうものは描いちゃダメだからな」

「皆に褒められるような絵を描かなきゃダメよ」

 

両親の言葉を信じて、言われた通りに一生懸命筆をとり書き始めましたが、ダメダメと言われたことが多すぎて、もうそればかりが頭をぐるぐる回ります。

 

次第に描くのがもう嫌になってしまって、ふと顔を上げると、同い年くらいの子たちはもう線を描き終えて色を塗り始めているではありませんか!

 

「貴方の絵の色キレイね」

「君のこの構図もかっこいいな」

 

みんな各々の絵を見せ合いながら楽しそうに色を塗っています。

 

Aさんは恥ずかしくなりました。

 

視線を落とすと、手元にあるのは、まだ線も満足に描けていない自分のみぼらしい絵。

 

Bさんが

「貴方の絵はどんな絵なの?」と突然Aさんの絵を覗き込んできました。

 

A「えっ…私は…」

Aさんは絵を隠して固まってしまいました。

 

B「なんだ、つまんないの」

とBさんはAさんには興味を失い、他の子のところに行ってしまいました。

 

Aさんは寂しくてたまらなくなりました。

 

みんなに見せられるような、キレイな絵を描かなきゃいけない。

そうじゃないと、他の子と見せあいこができない。でなくてはひとりぼっちだ。

見せあってワイワイ楽しそうにしている他の子がうらやましい。

 

最初は、うらやましいし寂しいから、見せられない自分の絵を後ろ手に隠しながら、なんとかして他の子の輪に入ろうとしました。

 

A「わ~すご~い!」

A「よくこんな風にかけたね!!」

 

どういいのか、何がきれいなのかもよくわからないけど、こんな風に声をかければ、無視はされないことに気づいて、心にもないことを口にしては色とりどりの他の子の絵に圧倒されて、作り笑いを浮かべるほっぺがどんどん引き攣っていくのが自分でも分かりました。

 

このままじゃなんだか寂しいままだ。

早く私も絵を完成させなくちゃ、みんなみたいにきれいに仕上げなくちゃ。

私も見せ合いこしたい。私の絵をみんなに褒めてもらいたい。

 

でもわからないのです。

 

私は何が描きたいの?

何色を塗ったらいいの?

みんななんでそんなに上手に描けるの?

 

誰かに聞きたい。教えてほしい。誰か助けて。

 

でも、描けていないままの絵を見せるのが怖いから、次第に話しかけること自体も怖くてできなくなってきました。

また、Bさんのときみたいに「なんだ、つまんないの」って言われたら悲しいからです。

助けてもらおうか…?

いやいや、他の子に自分の絵を見せて「どうやったら、こんなきれいな絵が描けるの…?」と聞いて、「そんなの知らないわよ」ってBさんみたいに冷たく言われて本当に独りぼっちになるのが、たまらなく怖い。無理だ。

 

Aさんは誰もいない小高い丘で、誰にもバレずにこっそり絵を完成させようと思い立ちました。

 

どんなふうに筆を動かしているか、どんなふうに構図を決めているか、「どうやったの?教えて?」って直接聞きにいくのが恐ろしいなら上から見ればいい。そうすればみんなの絵を盗み見て、ノウハウを盗んで絵を完成させることができる!とAさんと思ったのです。

 

小高い丘に着いて、Aさんは意気揚々と眼下に視線を移しました。

 

人が小さくなるくらい離れた丘からは、とてもではないけれど手元の絵など見えませんでした。

おまけに、丘の上は風が吹いて寒くてたまらない場所だということに気づきました。

 

Aさんは震えながら、涙を浮かべて強がり、大きな声で独り言を言い出しました。

 

「あんな絵、大したことないじゃない、そのくらい私だって描けるわよ」

「みんな小さい絵ばかりね、私の額は誰よりも大きいのよ」

「その色は使っちゃダメってママが言ってたのに使っちゃって!汚い色ね!」

 

虚しくこだまするAさんの叫び声。

誰の耳にも届きません。

 

そうこうしているうちに、Aさんはもう絵を描くのが、嫌で嫌でたまらなくなってしまいました。

でも、まだ真っ白で少し線が描いてあるだけだけど、お父さんとお母さんにもらった、たった一枚の紙を破り捨てるのは、手が震えて涙が出て、できませんでした。

 

もう苦しくて悲しくて、Aさんはどうしたらいいかわからなくなってしまったので、膝を抱えて下を向いていました。

 

肩をトントンと叩かれました。

 

顔を上げてみると、きれいな絵を持ったCさんが笑顔で話しかけてきました。

C「隣、いいかな?」

 

AさんはCさんのきれいな絵を見て「ちょっと嫌だな」と思いましたが、断るのも面倒なので、こくりと頷きました。

 

C「ありがとう!」

そういってCさんはAさんの隣に座りました。

 

隣に座ったCさんは丘からの景色を見て何も言いません。

もう、どのくらい経ったでしょうか。Aさんは堪りかねてCさんに言いました。

 

A「何しに来たのよ…あなたも私の絵をバカにしに来たんでしょう?」

C「なんでそう思うの?」

A「だって今まであそこでキャッキャしてる子たちは私の絵をバカにしてるもの」

C「そうなんだ、そういわれたことがあるのかい?」

A「…聞いたことはないけど…そう思ってるに決まってるわ。絶対そうよ。」

C「そうかなー。」

A「あなただって大したことない絵をぶら下げて、自慢しに来たんでしょ?」

C「ああ、僕の絵?大したことないかな?やっぱり(笑)」

A「ええ!しょぼくて見てられないわよ!そんな色使っちゃダメなのに!」

C「そうだったっけ?色はどれでも好きな色でいいって聞いたんだけどなー僕は…」

A「教えてくれた人が馬鹿だったのね、本当はそんなお魚も書いちゃダメなのよ」

C「え?そうなの?下の子たちの間ではお魚をいろんな色で描くのが流行ってるみたいだよ」

A「…えっ?そんなの嘘よ」

C「本当だよ。僕も全然うまくかけないから、みんなに教えてもらったんだよ。でもやっぱり大したことないよねー(笑)僕は好きなんだけどね、このお魚とかホラ」

 

AさんははじめてちゃんとCさんの絵を観ました。それはもう、びっくりするぐらいきれいな絵でした。しかしよく見ると、絵は何回も書き直した跡がありました。特に魚は、紙が少し擦り切れるくらい何回も何回も、描き直したらしく、うっすらにじんだ涙の痕もありました。

 

C「あっ、そこばっか見るなよー恥ずかしいじゃん!」

とCさんは顔を赤くしましたが、実際に穴が開くぐらい絵に見入っているAさんを嬉しそうに見るだけで、隠そうとはしませんでした。

 

A「どうやったら、こんなきれいな絵が描けるの…?」

Aさんはずっとずっとずっと胸の奥にしまっていた、聞きたくてたまらなかった質問をCさんに言うことができました。

絞り出すような小さな声でしたが、Cさんはしっかり聞き取って、こう答えました。

C「僕もどうしても描けなくて、この丘に来たことがあって。」

A「…」

C「独りで泣いていたら声をかけてくれた子がいたんだ。その子が教えてくれたんだ。『上手じゃなくてもいい。塗り間違えてもいい。好きな色で、好きなものを、好きなように描いていいんだよ』って。言われた瞬間、嘘だと思ったけどね。(笑)『こいつは描き終わったからそんな気楽なこといってるんだろう、この嘘つき』って。」

 

Aさんは、ドキッとしました。

Cさんに対してAさんがそう思っていたから。それを見抜かれている気がしたからです。

 

C「でもね、嘘じゃなかった。描けなくて泣いている子が集まって一生懸命描き直しているところに連れて行ってくれてね、そこで初めて分かったんだよ。」

A「何が?何が分かったの?」

C「描けなくても恥ずかしくないんだ、ってことがさ。こんなに僕と同じ悩みを抱えている子がいたんだ、独りじゃなかったんだって。」

 

Aさんは黙って聞いています。

 

C「そこにいるみんなは絵の具が足りなくて困っていたら『貸してほしいな』っていえば絵の具を貸してくれるし、みんなで助け合って絵を描いてる。独りで書く必要はなかったって、そこで初めて分かったんだ。うらやましくてたまらなかった丘の下で楽しそうに絵を見せあいしている子たちも、ここで助け合って描いて、遊びに出てきていたんだってわかったんだ。」

A「そうだったの…私は今までそんなこと知らなかったわ…」

C「そりゃ、教えてもらってないんだもの、知らなくてもAさんは悪くないさ。」

A「そう…そうよね…。だってママはそんなこと教えてくれなかったんだもの。それなのにパパとママはあれこれ指示してくるの。私はそんな絵なんて描きたくなかったのに!」

C「それじゃあ、自分の絵を好きになれないよね。絵を描くのも進まないよね。」

A「そうなの!そうなの!見てよ私の絵、白くてこんな汚い色でところどころ汚れていて、もうこんな好きじゃないもの、描きたくないって思っていたのよ!」

 

C「じゃあ、なんでも好きな色で描いていいとしたら、どんなのを描いてみたい?」

 

A「そんなこと、本当にしてもいいのかしら。」

C「してもいいんだよ。しかも、何回描き直したっていいんだ。だから失敗したっていいんだ。僕の絵なんてほら、ちょっと恥ずかしいけど、ここなんて穴が開いてるし、ここの端っこがちぎれてるのは、意地悪な子に引っ張られて破れちゃったんだ。もうこれは元には戻らない。僕もその子に頭にきて、その子の絵、引っ張って破っちゃったことがある。」

A「それは、とても悲しかったでしょう?」

C「悲しかった。破られた悲しみが分かってるのに、その子の絵を破った僕は、自分の絵が破られたときと同じぐらい胸が痛んだよ。だから『さっきはごめんね』って言った。」

A「バカね、許してもらえるわけないのに…」

C「僕もそう思ったんだ、だから怖かった。だけど、その子も『こっちこそごめん』って言って、僕が持ってなかった色の絵の具を貸してくれたんだ。それがホラ、ここの色さ、綺麗だろう!?だから、ぼくはこの切れ端を見るたびに、ここのきれいな絵の具を貸してくれたその子のことを思い出す。だから、僕はボロボロのこの絵が、大好きなんだよ。」

 

AさんはここまでCさんの話を聞いて、心底うらやましくなりました。

 

そんな風に自分の絵を好きでいられたら、どんなに楽しいかしら。

他の子と一緒に絵を描いていいなんて、そんなズルみたいなことしてもいいのかしら。

丘の上からでよく見えなかったけれど、他の子の絵にも、そんな素敵なエピソードがあるのかしら。

 

Aさんは息をのんで、勇気を振り絞って言いました。

 

A「私も…その描けなくて泣いている子が集まって一生懸命描き直しているところに連れて行ってくれない…?できたら、でいいんだけど…最初にひどいことを言ってそんなの無理よね…」

 

Cさんは笑っていたのに、急に真剣な顔になりました。

 

Aさんは(ああ…やっぱり断られるわよね、わかってたわ…)と涙を浮かべてうつむきました。

しかし、返ってきた言葉は予想外の返事でした。

 

C「何しに来たのよ、って最初に君は言ったけど、僕は君を誘いに来たんだよ」

A「え…」

C「皆といるところから上を見たら、君がこの丘にいるのが見えたんだ。僕は独りであの丘にいたときのことを思い出した。君も、もしかしたら僕みたいに悩んでるんじゃないか?って思って、君を誘いに来たんだよ。だから、一緒にいこう。みんなで一緒に絵を描こう?」

 

Aさんは「ありがとう」と何度も言って初めて人前で泣きました。

 

Aさんは心底ホッとしました。

AさんはCさんみたいな子に出会って、はじめて『ほんとうに生きていてよかったな』と思いました。

 

CさんとAさんは手をつないで小高い丘からみんなのいるところに下りていきます。

AさんはCさんと一緒に、自分のまだ完成していない白い部分ばかりの絵を握りしめて、前を向いて走っていきます。

 

その後。

 

Aさんの絵は前よりも少しは筆が進みましたが、まだいびつでAさんは自分の絵を大好き、とまで思えていません。

でも、好きな色も少しは入れられるようになってきて、だんだん「悪くないかな」とも思えるようになってきました。

 

描いていて、自分の絵にうんざりしてもう描きたくないと思うときもあります。

でも、Aさんは、Cさんのように、自分の絵を自慢するばかりではなく絵が描けなくて困っている小高い丘にいたころの自分に似た子がいたら、「隣、いいかしら?」と言って隣に座ろうと思っています。そして、その子の話を聞き、これから描きたいお互いの絵の話をしたいと思っています。

 

 

そう、Aさんは、私そのものです。

【発達障害】依存症になる才能を開花させないために

こんにちは、ちあき です。

今日は発達障害の傾向から私が陥った依存症発症の背景を振り返ってみます。

 

ASD+ADHDタイプは依存症の才能があるかもしれないという説

私はASD+ADHDタイプの発達障害です。

ASD は、自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群・広汎性発達障害。

ADHDは、注意欠如多動性障害。

この二つはDSM5(※ DSM-5 = 「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版」アメリカ精神医学会作成)という基準から診断すれば全く別物に見えますが、実臨床では見分けがつきにくい障害です。

 

 

引用:https://www.kaien-lab.com/faq/1-faq-developmental-disorders/adhdasd/

 

どうしてここまで判断が難しいのか?それは難しい話を少しだけすると、ASD であれ ADHD であれ、前頭前野という脳の部分に関わっている、つまり実行機能という判断や行動をつかさどるところが他の人と違うから、ということになるでしょう。

(中略)

こだわりの強さは ASD 的(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群・広汎性発達障害)、一方で切り替えの難しさは ADHD 的(注意欠如多動性障害)です。しかし、これらは混同されることが多いのが実際です。

引用:https://www.kaien-lab.com/faq/1-faq-developmental-disorders/adhdasd/

 

ADHDの傾向を分けるとわかりやすいと言われていますが、2つのうちのひとつとして、不注意優勢型 というタイプがあります。

物をなくしやすい、ミスが多い、気が散りやすい、過集中で切り替えが難しい、段取り良くできない等 がこのタイプです。

また、ASDの特徴の一つにこだわりの強さ があります。好き嫌いが極端、自分のルールを曲げられない、ルーティン通りにしないと不安等 が具体例です。

 

この二つが組み合わさるとどうなるか?

 

以下のような特性で「依存先が偏る」ということが起こりやすくなります。

 

○好き嫌いが極端で0か100かの思考なので、一つの拠り所に過集中する。一度集中のスイッチが入ると時間の経過を忘れ、気づくと今度はスイッチが切れたように疲れ切る。

○ASD的な常に全力投球の完璧主義思考で、手の抜き方がわからずに疲れすぎてしまう。少しのミスが許せず自分を責める、あるいはミスをした他者を責めてしまう。

○しかも自分のルールを曲げられないので他人からのアドバイスは耳に入りにくく、自分が納得しなくてはルールを変えられない。

○社会での情緒的な相互交流の障害があり、興味や感情、愛情など相手と共有できる割合が少ないために人間関係を築くことが苦手。一般的でない人へのかかわり方をしたり言葉のキャッチボールに失敗してしまったりしてコミュニティから孤立しストレスを抱えやすい。

 

つまり、ビジネスに例えるなら一社だけと濃い取引依存関係を続けるような、限られた取引先との一極集中型の依存関係になりやすいと言えます。

人間とはうまくいかないので、ASD ADHD が社会生活を送ることでストレスを抱えやすい脳の前頭前野を鎮静させてくれるアルコールや睡眠薬や薬物などの依存性物質に頼ったり、苦痛を紛らわすために快感ホルモンを分泌させてくれるギャンブルに傾注したり、他人に受け入れてもらいやすく他人と肌の触れ合いができオキシトシンを分泌できるセックスを繰り返したりしてしまうのでは、と考えています。

だから最終的に、アルコールやセックスやギャンブルや薬物など、自分が納得してのめり込める依存先のみに頼ったツケがまわり、キャパを超えて依存症になる、というわけです。

 

依存先を増やす、という解決策

たくさんのクライアントと少額で取引していれば、取引額が同じくらいだとしても、一斉に取引停止になることはないのでリスクは分散され、安定した経営や投資が可能になりますよね。

それと同じように、アルコールだけ、薬物だけ、ではなく、前頭前野を解放するような複数のストレス発散手段があれば「これがダメならあれでいこう」みたいなことができて依存し過ぎずにすみます。

 

 

 

アルコール依存症はうつを併発しやすいということがデータがあります。

うつ病とアルコール依存症の時間的な関係から、うつ病が先行してアルコール依存症が合併する場合は一次性うつ病、アルコール依存症が先行してうつ病を合併する場合は二次性うつ病と呼びますが、うつ病とアルコール依存症の合併には4つのパターンが考えられます。

  • a. 単なる合併または共通の原因(ストレス・性格・遺伝因子など)による場合。
  • b. 長期の大量飲酒がうつ病を引き起こした場合。
  • c. うつ病の症状である憂うつ気分や不眠を緩和しようとして飲酒した結果、依存症になった場合。
  • b. アルコール依存症の人が飲酒をやめることによって生じる離脱症状のひとつとしてうつ状態がみられる場合。

引用:https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-006.html

 

上記のようにアルコール依存症を持っている人がうつ病を発症する確率は19〜21%です。

米国における一般住民を対象とした大規模調査で現在または過去にアルコール依存症と診断された人の調査によると、依存症の人には調査前1年間に限ってもうつ病が27.9%にみられて依存症ではない人と比べてうつ病になる危険性(オッズ比)は3.9倍、躁うつ病は1.9%にみられてオッズ比は6.3倍といずれも高い頻度で合併することが示されました[4]

参考文献:

1.Sherbourne, CD, Hays, RD, Wells, KB et al.
Prevalence of comorbid alcohol disorder and consumption in medically ill and depressed patients.
Arch Fam Med 2: 1142-1150, 1993.

2.Grant BF, Harford TC.
Comorbidity between DSM-IV alcohol use disorders and major depression: results of a national survey.
Drug Alcohol Depend 39: 197-206, 1995.

3.Regier DA, Farmer ME, Rae DS et al.
Comorbidity of mental disorders with alcohol and other drug abuse. Results from the Epidemiologic Catchment Area (ECA) Study.
JAMA 264: 2511-2518, 1990

4.松下幸生, 樋口 進.
飲酒とうつ状態の早期発見.
こころの科学 125: 43-48, 2006.

 

私は二次性うつ病と診断され治療をしておりました。

おもしろい!と思う脳の働きそのものが弱っていると、他の依存先を探すのに苦労する感覚があります。しかし、立ち直るためには、なんとかして多数の楽しみに繋がる努力を継続してみるしかありません。

だから、予防的に、依存しないのではなく、逆に依存先をあえてたくさん抱える、というアプローチが、逆に依存症発症を予防するんじゃないか、というのが今日伝えたい独り言です。

すでに発症してしまってからは、本当にしんどいです。

やる気が起こらないし、毎日何も楽しくないし、砂を噛むような日々。

なのに「飲まないことを共に称え、お互いに今と家族に感謝しなくてはならない」と言われて責められている気がして辛いです。

依存性の高い物質や行為を避け、限られたエネルギーを有効に活用するために、支えが多数できるまでは、不快に感じることはなるべく切り離すことが大切ですね。

やる気を怒りや悲しみに根こそぎ奪われては、他の杖を探すことができませんからね。

ぼちぼち、頑張りましょうね。

【メンタル】妻に学ぶ「人生を楽しむ」

こんにちは、ちあき です。

わりとSNSで人気がある、私の妻。

 

 

 

 

ありがとうございます。嬉しい。

なので、今日は、妻のこれまでの人生に対して敬意を表する意味で、勝手にまとめてみた。

(怒られませんように)

 

妻は『そのまま』を生きている

そこがすごいところだ。
私は妻を、心から尊敬している。
初めて出会った時の衝撃は忘れられない。
私はそれまで『人は本当のことは言わない』と思って生きてきた。
だから、思った事を、思ったように、
打算や駆け引き無しに放ってくる妻に
心底「まいった」と思った。
友情や正義なんてのは、漫画や本の世界だけで、欺瞞や嘘や欲に塗れて自分も含めた皆、
醜く這いずる罪悪のようだと信じてきたのに、180度覆された。
会ってすぐ感じた違和感は
話すうちに好意に変わった。
本当に、こんなに真っ直ぐに生きてる人いるんだ、と。心境としては、天然記念物を見ているようだった。
(この間、妻にそのまま話したら、キレられた)
この人になら、こんな俺も、
受け入れてもらえるかもしれない。
そのままで居られるかもしれない。
そう思った。
それは希望に溢れていたので、
つまり、すごく惹かれた。
出会って、いろいろな話をして、妻は決して楽に生きてきた人ではないと知った。
お父様は百貨店の外商、
お母様はその百貨店のパートをしていて、
その間の3番目に生まれたのが妻だった。
妻が生まれて数年経ったとき、
お父様が脱サラした。
長い間中間管理職として積もり積もったストレスで脱サラを決意して退職金で飲食店を始めたが失敗し、家計は火の車だったそうだ。
お母様は苦しい生活に耐えきれなくなり、
小学生の妻を置いて失踪してしまった。
泣きながら
「お母ちゃん行かないで」
と言った記憶が幼いながらにあるらしい。
父と姉と兄との生活が始まったが、
お金が無かったから中学生時代から年齢を偽ってアルバイトして家計を支えた。
高校は卒業したが、
大学に行く余裕もなく(選択肢にすら本人の中にはなく)迷わず雇ってくれた自動車販売会社に就職。
その頃にはお母様も戻ってきてくれたそうだ。
父母の喧嘩は絶えず不仲だったが、妻が鎹となり、今までやってきたという。
しかし、仕事は多忙を極め、出会った当初は食べても嘔吐してしまうためやせ細っていた。
生理も不定期で、体はおそらくボロボロだった。

 

妻にとって人生は楽しむもの

 

私はうめくように言った。
「辛い人生だったんだね…」
妻はさも不思議そうに答えた。
「え、そう?なんで?」
「確かに大変だったけど、みんなそれぞれ大変だろうし、私は私の出来ること、やるしかなかったから、後悔してないし、誰も悪いと思ってないよ?
だから、辛い人生だとは思ってない、ていうか、私は結構楽しいよ!」
私は二の句が継げなかった。
この人は、なんなんだ。
なんなんだ、この人は。
俺の今までの生き方って、なんだったんだ。
親の顔色うかがいながら
「こうしてほしいんだろう」
とうがった捉え方をして、
小賢しく先回りしては、責任感もなくやりたいとも思わないことをやってきた。
学歴や部活の成績が周りよりよければいいのでは、とメンツや外見ばかりを飾り立てて、人からはチヤホヤしてもらおうと必死になって。
だがその実はどうだ。
心から話せる友人も、血縁者すらなく、
『人生なんて所詮こんなもんだろう』とタカを括って浪費した時間。
仕事で壁にぶち当たったくらいで
今までのプライドをへし折られて踞り、
生きていていいと他人に言われないと立ってもいられず、
言い知れない無力感と苛立ちを酒に溺れてごまかし続けてきた、今の、俺の。
今までの。
このなんと、下らないことよ。

貴方みたいに生きてみたい

貴方のように強く美しく生きてみたい。
貴方は本当のことを話すから、
本当の友人がたくさんいる。
貴方は本当のことを知っているから、
人に優しい。
妻は私を「優しい」と言ってくれる。
私のは『優しく見える』だけだ。
私のは擬態だ。模倣だ。
こうすればこうなるはずだと、
「友達らしく」あるための、
「優しく見える自分」であるための。
観察と推測に基づいてただ嫌われないために、身を守る為に身につけた技術だ。
何にもない。
俺は、本当は、何にもない。
全部皮を剥いでいったら、
真ん中には何もない。
それは妻のように、本当の意味で、
自分の足で、頭で、生きてこなかったからだ。
それに気づかせてくれた妻がいなかったら、
俺はここでこうして踏ん張れてはいなかった。
確実に、途中で投げ出していた。
何にもないまま、土に還っていた。
妻がいたから、生きている。
本当に感謝しても仕切れない。
一生分の運はもう使い切った。
妻に会うことで使い切った。
俺自身の欲しいものは、
元から何もなかった。
妻に出会った日から、
俺が欲しいものは、妻の笑顔になった。
そんな出会いから、もう4年が経つのか。
早いなぁ。

 

私は私以外にはなれない

 

だから「楽しむ」ためには、周りばかり気にして比較するんではなくて、「私は私でしかない」ことを受け容れることが大切。

自分のそのままど真ん中を生きて、笑って泣いて悔しがって喜んで。

そういう『生々しい実感』が人生を彩り、それが「楽しめる」ようになっていく。

辛いことはたくさんある。

楽しいこともたくさんあるかもしれない。

 

私はやっぱり「オランダへようこそ」という、この素晴らしい詩に救われるのだけれど、今回はその最後の一節を引用して、結びとしたい。

 

心の痛みは決して、決して、消えることはありません。
だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。

でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、
オランダならではの素晴らしさ、オランダにこそある愛しいものを、
心から楽しむことはなかったでしょう。

みんなとは違う土地だけど、
私はオランダを思い切り楽しんで、そして大好きになりました。

オランダへようこそ!

【依存症】回復のそれぞれのタイミング=「啐啄同時」

こんにちは、ちあき です。

アルコール依存症の回復は三歩進んで二歩下がるような、一進一退の経過を辿ります。

それは本人にとってもご家族にとっても苦しい道のりです。

「なぜわかってくれないのか?」「なぜうまくいかないのか?」

歯がゆい日々に嘆く夜もあったのではないでしょうか?

今日は禅語で依存症からの回復について考えてみました。

 

「啐啄同時」って何?

「啐啄同時(そったくどうじ)」 という言葉がありますが、みなさんご存知でしょうか。

「碧巌録(へきがんろく)」の第十六則に

「およそ行脚の人は須らく啐啄同時の眼を具し、啐啄同時の用あって、まさに衲僧と称すべし」 という一節があります。

「用」=働き、「衲僧(のうそう)」=真の禅僧 の意味になります。

 

啐啄同時とは?

「啐」とは、今まさに生まれ出ようと雛が卵の中から殻を破ろうとすることです。

「啄」は、親鳥が外からくちばしで卵の殻をつつくこと。

それが同時というのは、生まれ出ようとするものと、それを手助けしようとするもののタイミングがピッタリ合うことを示しています。

出典:https://eyespi.jp/l00428/

 

禅語のなかでは指導者のための言葉として捉えられており、弟子が悟りに近づいたベストなタイミングを逃さずに指導するべきだ、というニュアンスでとられることが多い言葉です。

いずれにしても、『両方のタイミングが合ってはじめて、殻が破れる(変化や成長が訪れる)』というところが、この言葉のポイントだと考えます。

 

どんな良いアドバイスも受け取り手の準備が無ければ伝わらない

イネイブリングについて、三森みさ先生作・画、厚生労働省 依存症対策推進室監修の「だらしない夫じゃなくて依存症でした(三森みさ先生HPリンク)」第6話(厚生労働省漫画ページリンク)に詳しい解説が漫画でまとめられています。

そこから少し抜粋します。

イネイブリング とは?

依存症者の問題を助長させてしまう行為のこと。よく言われる対処法は2つ。

①お世話や尻ぬぐいはしない

たとえば、家族が、代わりに後始末をしたり、当事者の欠勤の言い訳を代わりに電話したり、代わりに謝罪したり、借金を肩代わりしたり、世話や尻ぬぐいをしてしまうと、本人がお酒を飲む問題に気づけません。本人の問題は本人に気づかせてやめるメリットに気づかせることが大切です。

②説教したり小言は言わない

正論を言ったり指導したりすること。心配して一生懸命言ったことが、当事者には家族に責められているように感じてしまい、現実逃避するため余計に依存するためです。

他にも漫画のなかには、ご家族が気をつけるとよい点がわかりやすくちりばめられています。

 

②「説教したり小言を言わない」は、依存症者同士でも当てはまる

同じ境遇の依存症者同士であっても、これは当てはまるのではないかと思います。

なぜなら、回復の過程において、受け取り方は異なることがあるからです。

断酒し始めて数ヶ月の段階では、多くの人が「これだけやめられたんだから節酒できるんじゃないか?」「うまく適量飲酒で付き合っていけたらいいのに」と淡い希望を抱くタイミングがあります。

そんなとき「いや!私たちはもう脳がイカレているんだから、断酒しかありえない!」と正論を言ったり説教をしたりしてスリップを回避させようとしてしまうことがあります。

断酒会で直接体験談を話す場でもそういう傾向がありますし、SNSでも「私は節酒で行けるんじゃないかと思う」というツイートに過剰に反応してしまう光景はよく見られます。

正直、その気持ちはよくわかります。

スリップした後に迎えた朝、もう自分が嫌いで嫌いでしかたなくなるあの絶望感と嫌悪感はそうそう忘れられるものではありません。

同じ思いをしてほしくない、と考えるのは、本当にその人を思ってのことでしょう。

しかし、それが逆効果になってしまうとしたら、願いと違う結果を招く行動は慎んだほうが、自分の為でもありますから、ここはぐっと堪えるべきなのかもしれません。

この場合の「受け取り手の準備ができている状態」というのは、スリップを経験しているか、その怖さを経験せずとも依存症の仲間の話から理解していて「スリップしたくないけど飲んでしまいそうだ」と仲間に弱音をさらけ出せるタイミングだと考えられます。

つまり、相手に準備ができていなくても、後々「ああそういうことか」と受け取ってもらえる私たちがかけられる言葉として『私の場合は○○だったから、私はもうコリゴリだ』というあくまで私のケースとして語ることが、最もお互いにとって優良なのではないかと考えました。

 


正直、これが正解かどうかもわからないけど、私はこうして発信しているSNSのアルコール依存症の方々が回復することを信じているし、私とは違う回復の仕方もあるかもしれない、とも考えているので、私が言える範囲のこととしては、これでよかったのかな、と思っています。

 

だからこそ知識と経験と心境は、ブログに書き留めておきたい

ここに、私が断酒ブログをはじめた理由があるとも言えます。

私は正直気難しくて他人のことをあまり信じません。

善意でかけてくれている言葉もどこか空虚に聞こえることがほとんどです。

「どこかに裏があって騙そうとしているんじゃないか」

「掛け値なしに優しくするなんてありえない」

「今まで学び経験してきた事実と異なりエビデンスが見当たらないので信ずるに値しない」

などと、素直に聞かずに突っぱねてしまう傾向にあります。

 

事実と統計学的優位差のあるビッグデータと敵意と悪意しか信じない

いや、信じたくてもあまり信じられないというべきでしょうか。

断酒会で先輩方が話す話ですら「そうじゃないな。長く辞めているくせに思慮が浅いな」などと不敬なことを思っていた時期もあるし。(こんな曲がった性格だから部活でもなんでも孤立してました。笑)

 

啐啄同時を願って、細々と書き続ける意義

だけど、後から「ああ、こういう意味だったのかも」と腑に落ちる感覚を味わった経験があります。

それは、私が受け取る準備ができていなかったときに受け取り、記憶の片隅に留まり、受け取れる準備ができた私の脳内に煙が立ち上るかの如く顕れて色を成す、そんな感覚でした。

 

もしかすると、依存症に陥る人やASDで生きづらさから依存症になった人は、同じような傾向をもっているかもしれない。

そんな人なら、自分でネットから情報を探すだろうし、そういうタイミングでなくては他人の経験や言葉をやすやすとは信じないだろう。

ならば、ほぼ永久保存版でWEB上に残るブログの形ならば、様々な人がその人のタイミングで検索して「ドライドランク」や「イネイブリング」などの単語からこのブログに繋がり、回復の糸口をつかんで帰ってくれるのではないか。

事実、私はそのような同じ境遇の人のブログを貪るように読んでいた時期がありましたし、それがきっかけで専門書や論文を読むようになり、知識を形成していったように思います。

だから、このブログがきっかけで少しでも悩める人が気づきを得られるようなことがあれば、これも立派なソーシャルワークだと思っています。

だから、ソーシャルワークはじめました、をブログ名にしている、というわけです。

そんなところで、今回は以上です。

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【メンタル】経験したことのない出来事に対する想像力が世の中を幸せにするという話

こんにちは、ちあき です。

Twitterですごく嬉しいことがありました。

今日はそれについてまとめてみようと思います。

 

経験したことがない体験を想像する

すごく嬉しいことというのは、以下のようなやり取りで今まで経験したことがない体験が具体的に共有できたことです。

 

私にとって経験したことがない感覚であっても、想像して具体的に「こんな感じかな?」と考えたことがドンピシャだといってもらえたことでした。

感覚が共有できれば、その人をもっと知ることができる。

その人をもっと知ることができれば、より優しくできる。配慮ができる。

だから、私はこの経験がすごく自分の中では嬉しいことでした。

 

実はこれが今欠けているものではないか?

「なーんだ、そんなことか…」

そう思った人もいるかもしれません。

でも、Twitterでの反響もすさまじく今まで見たことないくらい「いいね」と「リツイート」がもらえていて、やはりドンピシャの快感は共通しているようです。。

先日記事にした丸山穂高議員のニュースや、佐々木ゆうじ市議のツイート問題に共通するキーワードは、こうした『経験したことのない出来事に対する想像力』だと思うのです。

 

 

アルコールによる異常酩酊で暴言を吐いてしまった丸山穂高議員のニュースや、大麻所持で捕まった田口淳之介容疑者のニュースを見て「なんてダメなやつだ!」とただ非難するのは実に簡単です。

 

 

もちろんやってしまった失敗や罪は償わなくてはいけませんし、自分が迷惑をかけた人たちには謝罪するべきだし、自分の行動で失った信頼はもう元通りにはなりません。

でも、正しくないと分かっていても、やってしまったり失敗したりすることって、実は誰にでもありますよね。

でも、その前に、そもそも、絶対的正義なんてないんですよね。

今信じている「正しいこと」は、この世にいる全ての人にとって共通で正しいわけではありません。

誤解を恐れずに言えば、社会的なルールですら人間がお互いに生きやすいように「勝手に決めたルール」であり、社会的な生き物だからそれに従って生きていくほうが良いので「あくまで主体的に」従っているにすぎません。

経済的に成功しているから、とか

社会的地位が高いから、とか

有名大学出身で大手企業に就職しているから、とか

そんな社会的な価値は「相対的価値」であり、「絶対的価値」ではありません。

しかし、それを誤解して、社会的地位がある人ほど、自分が一番正しい、という「偏見」という名のバイアスがかかりやすくなってしまう傾向にあるようです。

受験で勝ち抜き、就職活動でも勝ち抜き、できるだけ減点が少ない人がのし上がるこの日本社会で徐々に欠落してきてしまったのは、「他人に話せないような恥ずかしい失敗をしてきた経験」なのかもしれません。

その経験があまりないから、想像できないのではないでしょうか。

失敗する人の心の痛みを。失敗して非難され頭を踏みつけられて砂をかむ苦しみを。

 

佐々木ゆうじ市議のツイートにみる想像力の欠如

宇佐美典也さんに絡んでいって猛批判を浴びた佐々木ゆうじ市議のツイートに如実に表れているなー、と思います。

問題になったツイートはこれです。↓

 

これを読んで思うのは、この人は、「この人の中ではそう」なんだろうけど、実際に依存症になって苦しんでいる人の感覚や依存症を専門に診察治療しているDrや医療関係者の医学的見解とは違う意見であり、自分はあまり失敗してこなかった=私は正しい、という思い込みから、『自分と違う意見も正しいかもしれない』という可能性すら、認められない視野狭窄に陥ってしまっているんではないか?ということです。

 

こんな持論を展開されて信じてしまう人がいては、依存症で悩む当事者や家族が苦しむことになるので断じて看過できない、ということで、私が反論した内容は下記の一連のツイートです。↓

 

 

 

最終的には「発達障害や知的障害が依存症の遺伝的素因であり、そういう人間は考えが甘いからとことん否定して追い詰めて誰にも頼らないように説教する」みたいなトンデモ理論を展開なさっていて、とてもじゃないけど、こんな偏見ゴリゴリの市議がいるようなところには住みたくないなと思いました。笑

 

自分と違う感覚や失敗体験も想像して理解してみようよ

 

 

人間は、それぞれ違って当たり前です。

依存症になる人間が間違っていて、そうでない人間がすべて正しいわけじゃない。

もし自分がその立場だったら?

それってどんな気持ちなんだろう?

ASD(自閉症スペクトラム障害)の私でも、たとえ話を通じて人と感覚を共有することができるんです。

みんなに全くできないなんてわけがないし、市議やエリートなど優秀な人なら、なおさらです。

失敗することって、そんなにいけないことですか?

今失敗した人を「なんてやつだ!」「即刻辞めるべき」「人として間違ってる」なんていう人は、生まれてこの方一度も失敗せず、人の手も借りずに生きてきたんですか?

そんなわけないですよね。

今5ヶ月になる娘は、一生懸命、毎日失敗しています。

立とうとしてよろけたり、うまく寝られなくて泣いたり。はじめての離乳食がおいしくなくて泣いたり(ごめん、お父さんうまく作れん…)。

産まれて物心つく前から、こんなにも失敗と成功を繰り返して、海よりも深く山よりも高い試行錯誤の連続を経て、私たちはここまで大きくなってきたのに。

なんでそんな私たちが、こんなに他人の失敗が許せなくなってしまったんですか?

いやいや何でも許さないわけじゃない?

じゃあなんで丸山さんや田口さんを目の敵にするの?

社会的に許されない失敗だから?

自分はこんな失敗しないから?

 

社会的に許されない失敗を、今後一切する可能性がない人なんて、いませんよ。

なぜなら、人生はいろんなことがあるからです。

予想だにしないことが、本当にたくさん、たくさん、あるからです。

そして、それは独りでは乗り越えられない試練であることがほとんどだからです。

 

介護施設で90歳を迎える方々と話しましたら、そりゃもういろいろありますよ人生。

戦争を経験している年代。殺しかけたことも、殺されかけたことも、死にかけたことも。

それらを乗り越えてきて、今施設で笑顔で話してくれるお年寄りが口をそろえて言うには、

「人生いろーんなことがあるで、独りではとても無理よ。そやけん、他人がいてくれて支えてもらうってありがたいことなんよ。いろんな人がおるけんど、自分だけのことばっかり押し付けたらいかんよ。みんなで助け合って生きていかねばこの歳まで生きるんは無理なんよ。」

 

何となくわかる気がしませんか?

娘が頑張る姿を見ていると、失敗したって、罪を償い反省して出直せる、失敗を活かせる寛容な社会や人間関係が実現すればいいな、と切に願ってやみません。

 

【依存症】ある日ふと浮かぶ「希死念慮」

こんにちは、 ちあき です。

毎朝の日課で抗酒剤を飲もうとして注ぐとき、以前は数日に一回のペースで、同じことを考えていました。

その考えること、というのは、「これ1瓶飲んで、アルコールをガボガボ胃か腸に入れれば、苦しみまくるけど死ねるなぁ」ということでした。

今日は、アルコール依存症の患者にとって身近な希死念慮についてどう考え、どう受け容れるか、について書いてみたいと思います。

 

たいがい生きているのは苦痛をともなうもの

生きていると、怒りや恨みや人間の汚いイヤーな面を見せ付けられる時間が、だいたい80%を占めています。感動や安らぎや喜びに触れられる残りの20%があるから、今日も生きてみようかな、と思えるものです。

定期的に、あぁ!もうなにもかも糞食らえじゃないか!もう全部さっさと終わりにしたい!と思う事があります。

でも、20%の楽しさと愛する人の存在があるから、アルコールと抗酒剤のブレンド一気飲み、みたいな暴挙には出ないで「いってきます」と妻に言ってでかけます。

そんな毎日を1日1日積み重ねていくのが、「一日断酒」なのかなぁと思います。

妻がいるから、まだ希望を持っていられます。妻みたいに、人をフラットにみられる人が、まだまだ世界中には沢山いるはず、と信じられるうちは、大概が苦痛でも、まだ人生やってみる価値があるんじゃないか、と感じるのです。

 

実は何もない

それらの今の希望の前提条件が無くなったら、もう本当に何も無いと正直思います。

やりたいこと、したいこと、ほしいもの、なりないもの。

そんなもんは全部タマネギのように一枚一枚剥いていけば、中心には実は何ひとつ無いです。

仕事で世の中の役に立つ以外、今の所、何もないが、それも果たしてどこまでやりたいのかわかりません。

今の仕事など、上から下りてくるのは最近お粗末な指示ばかり。

私はそんな薄暗がりの一本のトンネルのなかを歩き、今日も“たまたま”生きている。

生きているということは有り難いことだとは理解していても、
まれなものだからといって「有難がれ」「粗末にするなど失礼だ」と言われても困っちゃうと思うんですよね。

それはそう発言した人や思ってる人にはそうでも、同じ人間だから全員に適応される道理はないんじゃないか。

なぜなら、生きていることが良いことか悪いことかは、本人にしか価値を決められないから。

価値があるかどうかは人それぞれの感じ方次第で、価値が無いと思うことは悪では無いし、価値があると思うことが必ずしも全面的に正しくて素晴らしいとは、誰にも決めつけられないと思います。

ていうか他人にそういう「人生は素晴らしいよね」みたいなキラキラ教を布教されると「決めつけるなよな勝手に」と思ってイライラします。

価値があると思う人には有るし、価値がないと思う人には無い。

各々の『真実』はそれです。

そしてその『真実』は移ろう四季のように、あったりなかったり揺れ動き、1つ所に留まるような単純な概念ではないと思うのです。

今、この時、私は人生に価値がある、とまだ思っているし、思いたい。

そう願いたい。

それは、“酒を断ち、愛する妻と暮らしている”という今の生活の前提条件があるからです。

 

妻が死んでしまったら

妻が死んでしまったら。

子供らが自立して、もう思い残すことがなくなったら。

余命が幾ばくもないってわかったら。

私は、そのとき、どうするかなぁ、と正直思います。

今想像するには、人生の価値を「無い」と判断しそうです。

施設に入れたり、介護したり、そんな風に俺如きに無駄にお金を使わないでほしいし、そもそも人が嫌いだからひっそりとした山のなかにひとり捨て置いてもらいたい。

 

妻が生きているうちは、飲まない方が楽しいから飲まないけど、妻がいなくなった世の中なんて、正直クソどうでもいい、と思っています。

 

これが私の今までの考えあり、1日断酒の答えのひとつです。

 

 

この世もそんなに悪くない、と思えるようになる日が来る

その暗闇はなかなか消え去りませんが、ちょっとずつ日々の景色に色が戻って来る日もあります。

 

あ、子供のころこんなウキウキしたことあったかも…って気持ちが戻ってきます。

 

大丈夫ですよ。

だから、大丈夫。

今、もうこんなんやめてても、つまんないし、シンドイし、何の意味があるんだよ…

って思っている人も大丈夫。

また、「こんな毎日も悪くないな」って思える日が、また必ず来るはずだから。

 

自分にもそう言い聞かせて。

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【依存症】断酒日数は「競う」ものではなく「祝う」もの

こんにちは、 ちあき です。

 

アルコール依存症の私は、断酒会に通っています。

今日はちょっと断酒継続と断酒日数についての考え方を書いてみたいと思います。

 

断酒会で断酒日数を自慢する、あるいは年数が長いからとマウントしようとする人がたまにいます。

「私は100日以上断酒できているから〇〇さんより上だ」

「2年断酒もできていないのに断酒を語るな」

本当にそうでしょうか?

そしてそれは果たして重要なことでしょうか?

 

どんぐりの背比べ

みんな、アルコール依存症の患者は、同じ病の病人です。

そして、この病に「完治」はありません。

治る、という概念には相当せず、何年も止めているような人は「寛解」が続いている、と表現できます。

「寛解」とは、関節リウマチやがんのように、「いつまた起こるかわからないけれど現在活動は停止している」という状態のことです。

つまり、何年止めている人だろうと、結局みんな治っていないのです。

なぜか?「脳のドパミン報酬系回路が破綻して不可逆的な変化を起こしてしまっているから」です。

不可逆的、とは、もう元には戻らない、という意味です。ですので、一度この病になってしまうと脳は変化したままでもう二度と飲酒前の状態になることはありません。

自転車に乗れるようになったら、乗れなかった頃には戻れないように。

沢庵になったら、元の瑞々しい大根には戻れないように。

したがって、断酒している日数や年数で「病状」は語れても、患者の「優劣」は語れないと思うのです。なぜなら、脳の回路が狂っているという点で全く同じであり、スリップ(再飲酒)して苦しんでいるのは、明日の自分かもしれないから。

つまり、どんぐりの背比べです。

「酒を1日1日やめている」という一点において、アルコール依存症患者は全員が平等であり、優劣なく病人であり、同じ方向を向いて努力する仲間でしかないのです。

だから、アルコール依存症患者の仲間が断酒を継続できているなら、それは他ならぬ自分の分身ともいえる同志が傍らにいてくれている、ということです。

断酒という、世間には理解してもらいにくい病を患い、孤独に戦う日々に確かに見える光です。「心強い、独りではない」と自分を励ましてくれる存在です。

そう考えると、他人がどれだけ続いていてるからと言って焦ることはないということが分かります。

逆に、他人が続いていないからと言って驕り高ぶることはないということもわかります。

他人の断酒歴は祝うもの

私は、この病気になって大切なことに、ひとつ、気づきました。

今までは自分にも他人にも厳しくて少しの失敗も許せない人でした。

足りないところがあったらそれが目に付いてイライラする。

「これができてないくせに」と他人を下に見る。

そういうところがありました。そうやって他人を下におろすことで自分の価値が上がると勘違いしていた節がありました。

恥ずかしい限りです。

 

今思えば、それは、ひとえに、『自分に自信がなかったから』です。

 

しかし、やり方は人それぞれだし完璧な人なんていないということを学びました。

自分が優れている点を挙げつらい、「ほら俺が優れているだろう!」「こいつは馬鹿だけど俺は優秀だ!」とマウンティングしたとしても、それは非常に虚しいことです。

そんな行為は、「私は自信がないんです!」と、震えながら大声で叫んでいるようなもの。

完璧な人なんていなくて、私だってどこか欠損していて、だけど、だからユニークなのであって、何も恥じることはないし、みんな違って当然なのです。

人と比べなくては自分の居場所を確認できなくて、いつも落ち着かないのは、「自分が自分を認めてあげられていない」から。

あなたは、断酒しようと努力を続けているだけで、立派です。少なくとも頑張っているのは確実です。そもそも人生は土壌が千差万別なので、他人と比べるためのものではないのです。

 

MRの仕事でも、同じこと

私は個人的には前任者の人々を悪く言うのは好きではありません。

その人にはその人なりの正義があったと信じているからです。それぞれに多様な強み弱みがありそれを補っていくのがチームであり会社であるからです。

MRとは製薬会社の営業です。私たちは6ヶ月ごとの決算で計画の達成率をほかのMR・営業所平均・支店平均・全国平均と比較されて、上だ下だと毎回ジャッジされます。

そのプレッシャーは大きく、毎回100%でないと人間扱いされないほどです。

これは、「他人と比べて良いか悪いか」で物事を判断する典型的な悪い例です。

 

そして、その評価制度に洗脳されていった人間は、

担当していて思うように数字が上がらない場面で、自分を守るために「前任者が頑張ってなかったから」「あいつの顧客は偶々ラッキーな環境だけど、俺のエリアはそうじゃないから」という弁明というか、言い訳をします。

こういう人が多くてびっくりします。

他人と比べることがもはや手段ではなく、最終目的になってしまった人だけがいう、最高につまらない言い訳です。

 

私は前職では

「ポストが赤いのも自分のせいだと思って原因と結果に向き合え」

「純利益で事務員2名を含めて計3名分の年収が稼ぎ出せない人間は、会社の寄生虫だ」

と言われて育てられてきました。(笑)

とんでもないパワハラも日常茶飯事で、契約をとれなければ相談に提出した見積を先輩にくしゃくしゃにして顔に投げつけられましたし、深夜になり終電を逃したため事務所で寝袋で寝ているところを、早朝出勤した上司にわき腹ごとサッカーのシュートのように蹴りつけられて起こされたりしました。(笑)

そんな超ブラック企業時代、そんな言い訳は通用しませんでした。

パワハラが正しいとは言いません。パワハラは人格を壊します。非常によくありません。私は実際やられてとても嫌でした。

だけど、前職の上司を含めた営業たちは「利益という絶対的な生み出すべき結果」に対しては、限りなくストイックであり、決して「他人との比較」を言い訳にすることはありませんでした。

そこは、尊敬すべき姿勢だったと思います。

 

そんな言い訳を考えている暇があったら、自分の周りで起こる全てのことに対して、自分に責任の一端がある、と拡大して考える。

そこから改善策を考案したほうが、結果的に問題は早期に解決できるし、もう今、私が解決しなくてはいけないのです。

現在の「担当者」は「私」なのだから。

 

「誰が悪いか」を議論するために時間を使うのではなく、「どうやって解決するか」をみんなで考えるために時間を使うべきだと考えるのは至極合理的だと思いませんか?

失敗の大きさと犯人探しに目を向けるのではなく、次に起こさないためには、今解決するためにはどうしたらいいか、を常に考えられる人間でありたいと思います。

 

あとがき

私は、最終的に得意先が喜んでくれれば、世の中の役に立てれば、出世しなくても良いと思っています。

出世するために社内営業に明け暮れたりすることは、出世を目指す人には非常に大事に映るのでしょうが、実に些末なことです。

私たちは、ひとりひとりが関わった人々を笑顔に出来るなら、もうそれで充分すばらしいくて、その実現のためにいろんな社員がいていろんなやり方があってしかるべきなのです。

だめなところも弱いところも強いところも、みんなでさらけ出して助け合ってやって行けたらいいなと思います。

では、また!

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【依存症】禅・仏教に学ぶ 自分を責めなくてもいい理由

こんにちは、 ちあき です。

 

私はよく、自分という存在に、固執しがちです。固執して、苦しんできました。

「私」「俺」「僕」という一人称に。

 

俺が○○だからすごい。

私が○○をしてあげた。

僕は○○だからダメだ。

 

しかし、インドの大乗仏教に位置する唯識思想では、

『「自己」は、あるようでなく、ないようである。』

という考え方が存在するのです。

 

アイタタ!やべーやつじゃんこいつ! ((((;゚Д゚)))))))

 

などと、まぁ、ドン引きしないで、まずは読んでみてください。

今日はそんなお話です。

 

我々が慣れ親しんでいる西洋哲学がすべでてはない

デカルトの有名な言葉「我思う、故に我あり」が示すように、

 

有るか無いか。

0か1か。

白か黒か。

YESかNOか。

 

そういう西洋哲学的な思想方法に慣れている私たちからすると

先に挙げた唯識思想を「何を曖昧なことを…ふぅ(´Д` )」と感じるでしょう?

私もそう思いました。それで、当たり前だと思います。

 

しかし、その西洋哲学的思想も、インドの大乗仏教に位置する唯識思想も、『考え方の一つ』。片方からの視点では、お互いにどちらも是であり、どちらも非であるといえます。

 

つまり、人には人の考え方があるんだから、「どちらも許容する大らかさ」を持ってもう一度見てみてもいいじゃないか、と改めて内容を整理してみたのです。

 

唯識思想で考える「自分」の概念

「自分」という存在は、大きく分けるならば、考えをめぐらし、感じ、動き、

熱くも、冷たくもなる「心」と、何十億もの小さな細胞でできた「身体」の

集合体であり、『ひとつでありながら、ひとつではない』という解釈には一先ず納得できそうです。

 

 

例えば、真っ白な、どこまでも何もない、音も匂いも時間すらない空間があったとして、

私は「自分」が『確かに「ある」』と確信できるか、自信は持てません。

 

例えば、屈強な軍人たちの中では

「自分」はひ弱な存在にもなるし、

反対に本の虫たちの中では、

「自分」は逞ましい存在となるように、

何かがあって、「対象に反響」することで、私たちは「自分」を初めて意味づけできています。

 

物理学において、「圧力」をかけると、「反発する力」として「斥力」が生まれますが、まさに、「自分」とは「斥力」のようなものと仮定しているのが唯識思想です。

(「圧力」がなければ無いものになるが、「圧力」の存在があれば、「確かに有る」ものでもある。)

 

そこから考えて、自分で自分に下す「自己評価」を確認すると、それが『実に不正確なもの』というのがわかります。

 

ダメなやつ、

勇気がない、

失敗ばかり、

弱い…

 

いったいなぜそう言い切れるのか?

自己評価のまえに、自分すら有るようで無く、無いようで有る、曖昧な存在。

その存在を正当に評価することは極めて困難です。

 

己の心が決める世界観 アドラー心理学的視点

つまり、決めつけているのは、己の心です。

 

脳神経科学の分野においても、イメージングすることでの神経伝達物質による影響が発見されて研究されています。

 

例えば重要な顧客に対して1回きりのプレゼン大会があるサラリーマン男性Aさんを仮定します。

 

「緊張する、私なんかうまくいかない、ダメだ」と脳が認識しただけで、神経伝達物質のひとつの「ノルアドレナリン」が過剰に分泌され身体に作用して、筋肉を緊張させ、血圧を上昇させ、イメージの通りに大舞台で、見事に「ダメな自分」を実現させようとします。

 

落ち着いた、成功できるイメージを持っていると体は、セロトニンという物質が分泌しており、「自分が話すことは相手に伝わる」「バランスよく状況を認識して話せる」という「イメージ通りの成功する自分」を実現させようとします。

 

プレゼンするAさんの身体的な状況やスキルは全く同じ状態なのに、全く逆の未来を、心が左右して実現させます。

 

 

 

この部分は、西洋でありながら「あなたはあなたが望む通りの現実を創り出している。」とするちょっと前に流行った「アドラー心理学」の解釈にも似ています。

 

アディクションに苦しむ自分を望んでると答える人はいないだろうが、実は自らが望んでアディクションに飛び込んでいるのだ、というのが、アルコール依存症において「アドラー心理学的立ち位置から見た場合のとらえ方といえると思います。

 

アディクションに陥ることにより、以下の目的を果たそうと無意識に動いていたのかもしれません。

 

「生き辛さに向き合わずに済む」

「家族に向き合わずに済む」

「仕事での無力感に向き合わずに済む」

「誰も構ってくれない孤独と向き合わずに済む」

 

みな、自分の願望を叶えるためにあえてアディクトになった、そう歩んできたのは隠れた己の意思だ と、アドラー心理学では考えるからです。

 

 

唯一絶対の正解や正義など存在しない

以上のことから、その自己完結的な思考が正しいか間違っているかは抜きにしても、心が「自分」をどう定義するかは非常に影響力が強いと言わざるを得ません。

 

ただ一つ言える確かなことは、「自分」だと信じる心と身体が、「識」することにより、世界は今のところ、この瞬間瞬間には、輪郭を成しているということです。

 

だから、その見え方感じ方捉え方は、人によっても状況によっても違って当たり前で、むしろ「同じでなければならない」という同族意識、「こうでなければならない」という常識、これらに全方位からみても、全て正しいことは、実は一つもないのだろう、ということです。

 

「確からしい」と特定多数の人が認識している「常識」や「当たり前」は、実は、白でも黒でもありません。

 

「常識」や「当たり前」から少し外れていたから、なんだと言うのでしょう。

 

それが悪か善か、正しいか間違いか、天にしかわからない。

天にもわからないかもしれない。

 

だから、「こうなんじゃないかな」と思ったなら、とりあえず、やってみるしかありません。

やってみて、「あれ?こうなったか」とか「やっぱりこうした方が楽しいな」とか、挫折や失敗を繰り返して、物事は道理に従い、なるようになっていくものなのです。

 

心配したってしかたない。

 

全てあやふやでも、完璧に確かなことなどひとつもなくても、それで、良いのです。

だって、そうでしか、ないのだから。

 

この歩みは、頼りないように見えて白と黒のあいだを渡り歩く力強いもの、これがすなわち、「中道(中庸)」です。

 

中る(あたる)道と書きます。

心に中る=心中。アルコールに中る=アル中。

断酒道にも、「中道」の精神が共通していると私は考えています。

 

だから、自分を責めたり思い悩むことはない

ここまでくるとお分かりいただけたと思いますが、実は自分に関する優越感や劣等感など、実にあやふやで気にしなくていい、どうでもいいことだ、ということです。

 

「常識」や「当たり前」や、「成功」や「失敗」も、全てあやふやです。

 

なるようになる。明日のことなど、自分の全てなど、完璧にはわからない。

心配したって仕方ない。

だから、自分を責めなくていい。

心が決めたことを、腹くくってやればいい。

心がいいと思うことを、唯唯、やればいい。

 

そう思うと、なんだか肩の力が抜けて楽になってきませんか?

 

存在しているものを許容するごとに、「自分」を映す鏡が広がっていくような感覚。

 

それは「斥力」に例えられる「自分」が、神経が、世界が、価値が、広がっていくことなのだと思います。

 

だから、私からみて『至った』人たちは皆、『皆さまに、生かされている』と表現するのだろうな、と思います。

 

彼らは、他人は自分の一部と考えているのです。

 

だから、そのままで生きていて安心できるのです。

なぜなら、他人といても、他人すら、「自分」の範疇だから。

 

だから、断酒会にいくと私たちは安心するんだと思います。

断酒会のメンバーはみな、どんな状況にあっても、どんなにダメでも、何度失敗したとしても、もう一人の自分だと思えるからです。

 

だから、マザーテレサのように、認められることを全く目的としない慈愛の心を持つ人の生き方は、どんなときも幸せなんだろうと思います。

 

他人のことを真剣に応援できたり、みんなに貢献するために頑張れたりしますが、それは、みんなに対してであると同時に、みんなという「自分」に対してでもあるから。

 

「自分」ごとだから、夢が叶ったら自分のことのように嬉しいし、悲しいことがあったら、共に涙を流して悲しむし、誰かと誰かが争っていたら、心が痛い。

 

 

宮沢賢治の、アメニモマケズが心に響くのは、おそらく「真理」に限りなく近い「慈愛」という概念が文章化されているからなんじゃないかと思っています。

 

『三輪清浄の不分別智』という考え方だそうです。

自分 他人 その間での行為 を、分けない。

AがBにしてあげたとか、自利と他利を分別したりしない。

優劣をつけたりしない。

上下関係をつけたりしない。

自分が他人にしたこと、他人が自分にしたことは、自利であり、他利でもある。

 

そのような認識に基づいて「慈愛」にただ誠実に生きることで、自分は清く在ることができ、他者にも温かさを感じてもらえるのではないでしょうか。

 

私にとっての幸せは、そのような人であること。

やっと私の幸せはここに輪郭を顕わしたと言えます。ここまで長かった…。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

では、また!

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【依存症】映画に学ぶアルコール依存症の怖さ(『ウォーリアー(原題:Warrior)』2011年アメリカ)

こんにちは、 ちあき です。

ウォーリアー』(Warrior)は、2011年アメリカ合衆国のスポーツドラマ映画。 ギャヴィン・オコナーが監督・脚本・製作を務めた。 主演はジョエル・エドガートントム・ハーディ。 (Wikipediaより)

トム・ハーディといえば、現在人気公開中の『ヴェノム(Venom)』で主演を務める肉体派の俳優さんです。 めっちゃ筋肉がかっこよい人で、『White&BLACK』のときからかっこいい人だな、と思っていましたが、この『ウォーリアー』では群を抜いて鍛え上げられています。

肩と背中とか、もう、プロの筋肉です。  

 

そんな映画にアルコール依存症のお父さんが出てきて、いろいろ思うところがあったので、書きたいなと思います。

アルコール依存症の家族に対する傷は限りなく深い

お父さんが一人孤独に暮らしているところに、トム・ハーディが演じるトミーが帰ってきたところから物語は始まります。

お父さんはアルコール依存症で現在1,000日断酒継続中。 なんだか親しみがわきませんか? しかし、そんなお父さんにトミーはかなり他人行儀です。

なぜなら、トミーとお母さんはお父さんの酒害に耐えかねてお父さんから逃げたのでした。 そしてお母さんは逃げた先で呼吸器系の疾患にかかり、逃亡先で薬も買えず亡くなっていました。 トミーは父親に激しい憎悪を抱きながらアメリカ海兵隊に入り、とある理由で退役していました。

彼はお父さんに「お前に何の感情もないが、トレーナーになれ」とトレーニングのコーチを依頼するのですが、お父さんが昔の絵や思い出を話し出すと、「いいかよく聞け。そんな絵を持ってくるな。トレーニング以外でお前と話すことは何もない、くだらないことで話しかけるな。」と一蹴します。

兄のブレンダンは、お父さんのもとに逃げずに残り、その後教師になりましたが、お金がなく苦しんでいます。愛する妻と二人の娘と家を守るため、危険な総合格闘技の試合に出てお金を稼ぐことになります。

兄のブレンダンも、お父さんには憎しみがぬぐい切れません。自宅に押し掛けてきたお父さんに対して、こう言い放ちます。

「いいか、連絡をしたいなら電話か手紙にしろと言っているだろ。来るな。許してくれというなら許すが信用するわけじゃない。1000日がなんだ、ふざけるな、どうでもいいよそんなことは。孫に会いたい?お前はもう家族じゃない。」

お父さんは、1000日断酒して変わった、信用してくれ、と懇願しますが、「そんなことどうでもいい」と、家族にはもう忘れたくても忘れられない深い深い傷と溝ができているのです。    

こんなおじいちゃんにはなりたくない

家から覗いていた孫娘二人が「あのおじさん、だれ?」というシーンで、もう「うわー…」ってなりました。

「あんなに大きくなったのか!」と嬉しそうに近寄ろうとするお父さんを目で睨みつけて、娘たちに「知らない陽気なおじさんだよ、さあ中に入ろう、早く。」というブレンダン。 「家でコーヒーでも、」とまだ話しかけているお父さんをしり目に、突き放すように扉は大きな音を立ててしまるのでした。

  どう思います?

  でもこれ、酒害者のご家族からしたら当然の反応ですよね?

  今まで「もうやめて」と言い続けてきたのに、何にも変わらず酒ばかり飲んで暴言暴力してきた人間を、信用することは難しい、というか普通不可能に近いです。 憎しみは海よりも深く、怒りは山よりも高いでしょう。 しかも腹立たしいことに、本人は酒におぼれていて自覚がないというか、罪の重さを理解していないで、「そんなに冷たくするなんてひどいじゃないか」とか言っちゃうんですから。    

酒害者とその家族の間には、大きな認識の隔たりがある

酒害者にとっては、酒をやめるのはそれはそれは大変なことで、毎日鉋で骨を生きながら削られるような思いをして1日1日断酒しています。 それは例えるなら、今まで杖にしてきた「アルコール」という支えを失い、折れた足で毎日10km走れというようなものです。 不眠症の患者さんが、ある日突然、「これは体に悪いから飲んじゃダメ」と言われて睡眠薬を取り上げられ、毎日眠れない日常にいきなりぶち込まれて絶望する感じに似ています。

でも、ご家族からすると、 「あんなひどいことをする人が酒をやめるのは当然」であり、 「酒は好きで飲んだんだろう、好きでそんな風になったんだから自業自得」 「酒を飲んでいようと本人がしたことなんだから、本人の性格の問題」と思うでしょう。 それは、知識がなければ自然な感情だし、もし反対の立場だったら、もういっそのこと死んでくれよ、って願ったりしてしまうと思うんです。

もう数十年断酒している旦那さんの奥様の話を聞く機会がありました。 旦那さんが酔いつぶれて寝ている隣で、毎晩こう囁いていたそうです。

「頼むからしんでくれ。なあ、頼むからしんでくれな。自殺はしないでおくれ、保険金が出ないから。どこぞで車にでも轢かれて、事故で死んでくれ、な。頼むから今までお酒につぎ込んできた、そのお金、保険金で返してくれな。」

  ぞっとしました。

  私は、「ああ、これ俺飲み続けてたら絶対こうなってたな」と思って、 心底ぞっとしました。    

断酒で許されるとかではなく、「もう飲んではいけない」ということだけが真実

よく、許されることを私たちは期待してしまいますが、それは本当にご家族からしたらお門違いも甚だしい話なんだと思います。

一生許せるわけない。で、話は終わり、ジ・エンドです。 「もうどうでもいいけど、今後一切飲むなよな。」というのがご家族の本音だと思います。

まだ、あなたのお酒を「もう少し控えて」とか「飲みすぎなんじゃない?」とか「もういい加減にして、あなたの体が心配」とか言ってくれているうちが花です。  

一回諦めたら、人はもう何も、期待しないし言わなくなります。

  「お前がそうぐちぐちいうから飲むんだ!」とか言って、お酒を抱え込んでいませんか? そのうち、気が付いた時にはトミーのお父さんみたいになっていますよ? 孫にも会わせてもらえない、寂しく「1000日たったんだと、信じてくれ」と誰も聞いてくれない独り言をつぶやくだけの人生を送ることになりたくないなら、 いま、ここで、立ち上がるべきなのです。      

 

 

では、また!

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【依存症】依存症に対する偏見の深刻さ

こんにちは、ちあき です。

丸山穂高議員の言動に端を発した辞職勧告案が立憲民主党や日本維新の会など野党6党派から提出されました。

日本維新の会代表の松井一郎大阪市長は15日、日本記者クラブで会見し、戦争による北方領土返還を元島民に質問し、維新から除名された丸山穂高衆院議員について「ことの重大さに早く気付いて、潔く身を処すべきだ」と述べ、重ねて議員辞職を促したとのことです。

この騒動を見ていて、日本の依存症に対する理解の無さについてちょっと思うところがあり、まとめてみました。

 

 

そもそも、丸山穂高議員は何を言って問題になったの?

下記の北海道新聞の記事がわかりやすいので、抜粋いたします。

唐突に領土問題投げかけ/周囲の制止聞かず 丸山議員 国後での言動

ICレコーダで取材中に「団長、団長」と呼びかけ

 訪問団は10日に根室港を出港し、国後島古釜布に滞在した。11日午後4時ごろから、団員は12班に分かれてロシア人島民宅で交流し、午後7時半ごろから宿泊施設「友好の家」に順次戻った。その後、団員約10人が友好の家の食堂で飲酒を伴う懇談を始め、丸山議員もその中にいた。丸山議員は帰港後、記者団に島民宅や懇談で「酒をたくさん飲んだ」と証言している。

記者は他の同行記者1人とともに午後7時40分ごろから、食堂の端で大塚小彌太団長(90)に対し、ICレコーダーを使用して取材を始めた。午後8時すぎ、離れた場所で懇談していた丸山議員が「団長、団長」と大きな声で呼び掛けた。当初団長は応じなかったが、丸山議員は団長の横に座り、日本人墓地を巡る議論を投げかけた。

唐突に始まった領土問題の会話

 その後、唐突に領土問題に関する会話が始まった。

丸山氏「団長は戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」

大塚氏「戦争で? 反対です」

丸山氏「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」

大塚氏「いや、戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」

丸山氏「でも取り返せないですよね」

大塚氏「いや、戦争するべきではない」

丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」

大塚氏「いや、戦争は必要ないです」

(中略)

丸山氏「何をどうしたいんですか」

大塚氏「えっ」

丸山氏「何をどうしますか」

大塚氏「何をですか」

丸山氏「うん。どうすれば」

大塚氏「どうすれば、って何をですか」

丸山氏「うん」

大塚氏「いや。何をどうすればいいって言って」

丸山氏「この島。この島を」

大塚氏「それを私に聞かれても困ります。率直に言うと、返してもらったら一番いい」

丸山氏「戦争でも」

大塚氏「戦争なく。はい。戦争はすべきではないと思います。これは個人的な意見です」

丸山氏「なるほどね。そうでございますね」

大塚氏「早く平和条約を結んで、解決してほしいです」

注意を聞かなかい丸山氏 深夜まで騒ぐ

 この後も丸山氏は大塚氏への質問を続け、大塚氏や他の団員、訪問団事務局員らが注意したが、丸山氏は聞かずに取材は中止に。午後8時15分ごろ、大塚氏は「先生、失礼します」と言って食堂を出た。丸山氏は深夜まで食堂や廊下で大声で騒いだり、事務局や外務省職員の制止を聞かずに外出しようとしたりした。

複数の団員が「元島民に失礼な発言だ」「騒がないでほしい」などとして丸山氏に抗議。事務局にも苦情が相次ぎ、翌12日の朝食時、丸山氏が事務局員に促される形で陳謝。昼食時にも団員を前に「ご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と謝罪した。(今井裕紀)

5/17(金) 17:57配信 北海道新聞 より

この様子をみてどうでしょうか?

明らかに酒に酔って前後不覚になっている様子がわかりますね。

もちろん、私はこの発言を擁護する気はありません。

戦争は繰り返してはならない悲劇だし、領土を戦争で取り返そうなどというのは戦国時代に逆戻りであり平和と民主主義に則って議論の中で解決策を見出そうとするべきです。

だから、丸山穂高議員が今回発言した内容については、残念ながら政治家として発言するには思慮が浅かったと言わざるを得ません。

 

丸山穂高議員は以前にも飲酒で問題を起こし「禁酒」していた

私たち依存症の既往歴のある人間から見て、どうにも引っかかるのは、ここです。

ご本人のtweetから引用します。

 

 

2016年1月なので、3年前ですね。

そのときの事件が下記のような内容でした。

 

飲酒が原因で問題を起こして「禁酒」を宣言していた、ということは「社会生活に困難を感じていた」のですから、そこで止めることができれば依存症ではありませんが、こうした困難を経験しているにもかかわらず「ほどほどにできない」「やめることができない」場合は、依存症か依存症の予備軍であると考える、と厚生労働省の依存症対策HPに記載されています。

 

やめたくても、やめられないなら...

アルコールや薬物、ギャンブルなどを“一度始めると自分の意思ではやめられない”、“毎回、やめようと思っているのに、気が付けばやり続けてしまう”それは「依存症」という「病気」かもしれません。

依存症は、一般的なイメージでは、“本人の心が弱いから”依存症になったんだ、と思われがちですが、依存症の発症は、ドーパミンという脳内にある快楽物質が重要な役割を担っています。

アルコールや薬物、ギャンブルなどの物質や行動によって快楽が、得られます。そして、物質や行動が、繰り返されるうちに脳がその刺激に慣れてしまい、より強い刺激を求めるようになります。その結果、物質や行動がコントロールできなくなってしまう病気なのです。

また、依存症は、「孤独の病気」とも言われています。

例えば、「学校や職場、家庭などとうまくなじめない」といった孤独感や「常にプレッシャーを感じて生きている」、「自分に自信が持てない」などの不安や焦りからアルコールや薬物、ギャンブルなどに頼るようになってしまい、そこから依存症が始まる場合もあります。

さらに、依存症は「否認の病気」とも言われており、「自ら問題を認めない」ため、本人が病気と認識することは困難です。一方、家族はアルコールによる暴力やギャンブルによる借金の尻ぬぐいになどに翻弄され、本人以上に疲弊するケースが多くみられます。

「(家族や知人が)依存症かもしれない」そう思ったら、1人で抱えこまず、また1人で解決しようとせずに、まずは、お近くの「保健所」や「精神保健福祉センター」に御相談ください(本ページからでも検索することができます)。

家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。

厚生労働省ホームページ 依存症対策 より

 

個人的には、三森みさ先生の「だら夫」然り(ブログ記事:【依存症】厚労省監修の依存症啓発漫画がスゴすぎる件)本当に厚生労働省にはちゃんと考えてくれている人がいるんだな、と思います。

依存症対策に真剣に取り組んでくださる優秀な方が政府としてきちんと対応を検討してくれるのはとても素晴らしいことです。

 

さて、話がそれてしまいましたが、このように丸山穂高議員はもしかすると違うかもしれませんが、アルコール依存症(もしくは予備群)の可能性があるので、「家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。」という文言に則り、支援につなげていく必要があります。

もし違ったとしても、専門の医療機関や支援に繋がり、そうではなかった、とわかるだけでも本人やそのご家族、そして一緒に活動していた日本維新の会やその代表は病気を視野に入れて丸山穂高議員の今後を一緒に考えることができます。

しかし、そのような兆しはまるでなく、ただ責任を取らせてやめさせよう、という「要らなくなったゴミは早く捨ててしまおう」「失敗したやつをつついて問題にして引きずりおろそう」という魂胆が透けて見える議員たちの対応に、がっかりせざるを得ません。

それで本当にギャンブル依存症対策ができるのでしょうか?はなはだ疑問です。

 

ギャンブル等依存症対策を進めるためにも模範を示してほしい

日本維新の会は「ギャンブル等依存症対策基本法案」を参議院に提出し積極的に対策を取り組む姿勢をみせています。

この法案の目的にあるように、「予防等(発症、進行及び再発の防止)、医療の提供等による回復等を社会的な取り組みとして総合的かつ計画的に推進」を本当に実行するためには、まずは元身内のアルコールによる不祥事を切り捨てて「我々は関係ない」と突き放すのではなく、「予防等及び回復を図るための対策の適切な実施、本人及びその家族が日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるように支援」する必要があるのではないでしょうか?

自分たち優秀な政治家は、この法案には当てはまりませんか?

それこそ、依存症の本質を全く理解していない、と言わざるを得ません。

そのような人々がいくら「絵に描いた餅」を法案にしても、世の中は何も改善されません。

誰でもなる可能性がある。

だから、対策をとらなくてはならない。

それは議員だろうが、一般市民だろうが、人間である以上変わりなく平等にリスクと権利があるのではないでしょうか。

 

一方で、丸山穂高議員の失敗に対して依存症の知識が乏しい一般的な人たちが、偏見や嫉妬や正論を振りかざし快感を得るために丸山穂高議員を攻撃し、もし依存症なら回復を遅らせるような発言をしていて、それに「いいね」が多数ついているのもこの国の悲しい事実であり現状です。

 

 

このように、アルコールを摂取した状態での失敗や不祥事に対して個人の「人格」の問題だと見誤ったり、禁酒(断酒)を簡単にできるものと誤解したりする理解の無さ、つまり偏見や差別がアディクションに対する見方を歪め、社会を生きにくくしていることに、大多数の人は残念ながら気づいていないようです。

 

 

このような無知や誤解を解き、社会を改善できるようなソーシャルワーカーとして、一刻も早く資格を取得して、率先して啓発活動をやっていけたらいいなと考えております。

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