【依存症】丸山穂高議員のニュースに学ぶ依存症に対する偏見の深刻さ

こんにちは、ちあき です。

丸山穂高議員の言動に端を発した辞職勧告案が立憲民主党や日本維新の会など野党6党派から提出されました。

日本維新の会代表の松井一郎大阪市長は15日、日本記者クラブで会見し、戦争による北方領土返還を元島民に質問し、維新から除名された丸山穂高衆院議員について「ことの重大さに早く気付いて、潔く身を処すべきだ」と述べ、重ねて議員辞職を促したとのことです。

この騒動を見ていて、日本の依存症に対する理解の無さについてちょっと思うところがあり、まとめてみました。

そもそも、丸山穂高議員は何を言って問題になったの?

下記の北海道新聞の記事がわかりやすいので、抜粋いたします。

唐突に領土問題投げかけ/周囲の制止聞かず 丸山議員 国後での言動

ICレコーダで取材中に「団長、団長」と呼びかけ

 訪問団は10日に根室港を出港し、国後島古釜布に滞在した。11日午後4時ごろから、団員は12班に分かれてロシア人島民宅で交流し、午後7時半ごろから宿泊施設「友好の家」に順次戻った。その後、団員約10人が友好の家の食堂で飲酒を伴う懇談を始め、丸山議員もその中にいた。丸山議員は帰港後、記者団に島民宅や懇談で「酒をたくさん飲んだ」と証言している。

記者は他の同行記者1人とともに午後7時40分ごろから、食堂の端で大塚小彌太団長(90)に対し、ICレコーダーを使用して取材を始めた。午後8時すぎ、離れた場所で懇談していた丸山議員が「団長、団長」と大きな声で呼び掛けた。当初団長は応じなかったが、丸山議員は団長の横に座り、日本人墓地を巡る議論を投げかけた。

唐突に始まった領土問題の会話

 その後、唐突に領土問題に関する会話が始まった。

丸山氏「団長は戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」

大塚氏「戦争で? 反対です」

丸山氏「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」

大塚氏「いや、戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」

丸山氏「でも取り返せないですよね」

大塚氏「いや、戦争するべきではない」

丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」

大塚氏「いや、戦争は必要ないです」

(中略)

丸山氏「何をどうしたいんですか」

大塚氏「えっ」

丸山氏「何をどうしますか」

大塚氏「何をですか」

丸山氏「うん。どうすれば」

大塚氏「どうすれば、って何をですか」

丸山氏「うん」

大塚氏「いや。何をどうすればいいって言って」

丸山氏「この島。この島を」

大塚氏「それを私に聞かれても困ります。率直に言うと、返してもらったら一番いい」

丸山氏「戦争でも」

大塚氏「戦争なく。はい。戦争はすべきではないと思います。これは個人的な意見です」

丸山氏「なるほどね。そうでございますね」

大塚氏「早く平和条約を結んで、解決してほしいです」

注意を聞かなかい丸山氏 深夜まで騒ぐ

 この後も丸山氏は大塚氏への質問を続け、大塚氏や他の団員、訪問団事務局員らが注意したが、丸山氏は聞かずに取材は中止に。午後8時15分ごろ、大塚氏は「先生、失礼します」と言って食堂を出た。丸山氏は深夜まで食堂や廊下で大声で騒いだり、事務局や外務省職員の制止を聞かずに外出しようとしたりした。

複数の団員が「元島民に失礼な発言だ」「騒がないでほしい」などとして丸山氏に抗議。事務局にも苦情が相次ぎ、翌12日の朝食時、丸山氏が事務局員に促される形で陳謝。昼食時にも団員を前に「ご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と謝罪した。(今井裕紀)

5/17(金) 17:57配信 北海道新聞 より

この様子をみてどうでしょうか?

明らかに酒に酔って前後不覚になっている様子がわかりますね。

もちろん、私はこの発言を擁護する気はありません。

戦争は繰り返してはならない悲劇だし、領土を戦争で取り返そうなどというのは戦国時代に逆戻りであり平和と民主主義に則って議論の中で解決策を見出そうとするべきです。

だから、丸山穂高議員が今回発言した内容については、残念ながら政治家として発言するには思慮が浅かったと言わざるを得ません。

丸山穂高議員は以前にも飲酒で問題を起こし「禁酒」していた

私たち依存症の既往歴のある人間から見て、どうにも引っかかるのは、ここです。

ご本人のtweetから引用します。

2016年1月なので、3年前ですね。

そのときの事件が下記のような内容でした。

飲酒が原因で問題を起こして「禁酒」を宣言していた、ということは「社会生活に困難を感じていた」のですから、そこで止めることができれば依存症ではありませんが、こうした困難を経験しているにもかかわらず「ほどほどにできない」「やめることができない」場合は、依存症か依存症の予備軍であると考える、と厚生労働省の依存症対策HPに記載されています。

やめたくても、やめられないなら...

アルコールや薬物、ギャンブルなどを“一度始めると自分の意思ではやめられない”、“毎回、やめようと思っているのに、気が付けばやり続けてしまう”それは「依存症」という「病気」かもしれません。

依存症は、一般的なイメージでは、“本人の心が弱いから”依存症になったんだ、と思われがちですが、依存症の発症は、ドーパミンという脳内にある快楽物質が重要な役割を担っています。

アルコールや薬物、ギャンブルなどの物質や行動によって快楽が、得られます。そして、物質や行動が、繰り返されるうちに脳がその刺激に慣れてしまい、より強い刺激を求めるようになります。その結果、物質や行動がコントロールできなくなってしまう病気なのです。

また、依存症は、「孤独の病気」とも言われています。

例えば、「学校や職場、家庭などとうまくなじめない」といった孤独感や「常にプレッシャーを感じて生きている」、「自分に自信が持てない」などの不安や焦りからアルコールや薬物、ギャンブルなどに頼るようになってしまい、そこから依存症が始まる場合もあります。

さらに、依存症は「否認の病気」とも言われており、「自ら問題を認めない」ため、本人が病気と認識することは困難です。一方、家族はアルコールによる暴力やギャンブルによる借金の尻ぬぐいになどに翻弄され、本人以上に疲弊するケースが多くみられます。

「(家族や知人が)依存症かもしれない」そう思ったら、1人で抱えこまず、また1人で解決しようとせずに、まずは、お近くの「保健所」や「精神保健福祉センター」に御相談ください(本ページからでも検索することができます)。

家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。

厚生労働省ホームページ 依存症対策 より

個人的には、三森みさ先生の「だら夫」然り(ブログ記事:【依存症】厚労省監修の依存症啓発漫画がスゴすぎる件)本当に厚生労働省にはちゃんと考えてくれている人がいるんだな、と思います。

依存症対策に真剣に取り組んでくださる優秀な方が政府としてきちんと対応を検討してくれるのはとても素晴らしいことです。

さて、話がそれてしまいましたが、このように丸山穂高議員はもしかすると違うかもしれませんが、アルコール依存症(もしくは予備群)の可能性があるので、「家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。」という文言に則り、支援につなげていく必要があります。

もし違ったとしても、専門の医療機関や支援に繋がり、そうではなかった、とわかるだけでも本人やそのご家族、そして一緒に活動していた日本維新の会やその代表は病気を視野に入れて丸山穂高議員の今後を一緒に考えることができます。

しかし、そのような兆しはまるでなく、ただ責任を取らせてやめさせよう、という「要らなくなったゴミは早く捨ててしまおう」「失敗したやつをつついて問題にして引きずりおろそう」という魂胆が透けて見える議員たちの対応に、がっかりせざるを得ません。

それで本当にギャンブル依存症対策ができるのでしょうか?はなはだ疑問です。

ギャンブル等依存症対策を進めるためにも模範を示してほしい

日本維新の会は「ギャンブル等依存症対策基本法案」を参議院に提出し積極的に対策を取り組む姿勢をみせています。

この法案の目的にあるように、「予防等(発症、進行及び再発の防止)、医療の提供等による回復等を社会的な取り組みとして総合的かつ計画的に推進」を本当に実行するためには、まずは元身内のアルコールによる不祥事を切り捨てて「我々は関係ない」と突き放すのではなく、「予防等及び回復を図るための対策の適切な実施、本人及びその家族が日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるように支援」する必要があるのではないでしょうか?

自分たち優秀な政治家は、この法案には当てはまりませんか?

それこそ、依存症の本質を全く理解していない、と言わざるを得ません。

そのような人々がいくら「絵に描いた餅」を法案にしても、世の中は何も改善されません。

誰でもなる可能性がある。

だから、対策をとらなくてはならない。

それは議員だろうが、一般市民だろうが、人間である以上変わりなく平等にリスクと権利があるのではないでしょうか。

一方で、丸山穂高議員の失敗に対して依存症の知識が乏しい一般的な人たちが、偏見や嫉妬や正論を振りかざし快感を得るために丸山穂高議員を攻撃し、もし依存症なら回復を遅らせるような発言をしていて、それに「いいね」が多数ついているのもこの国の悲しい事実であり現状です。

このように、アルコールを摂取した状態での失敗や不祥事に対して個人の「人格」の問題だと見誤ったり、禁酒(断酒)を簡単にできるものと誤解したりする理解の無さ、つまり偏見や差別がアディクションに対する見方を歪め、社会を生きにくくしていることに、大多数の人は残念ながら気づいていないようです。

このような無知や誤解を解き、社会を改善できるようなソーシャルワーカーとして、一刻も早く資格を取得して、率先して啓発活動をやっていけたらいいなと考えております。

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