【依存症】映画に学ぶアルコール依存症の怖さ(『ウォーリアー(原題:Warrior)』2011年アメリカ)

こんにちは、 ちあき です。

ウォーリアー』(Warrior)は、2011年アメリカ合衆国のスポーツドラマ映画。 ギャヴィン・オコナーが監督・脚本・製作を務めた。 主演はジョエル・エドガートントム・ハーディ。 (Wikipediaより)

トム・ハーディといえば、現在人気公開中の『ヴェノム(Venom)』で主演を務める肉体派の俳優さんです。 めっちゃ筋肉がかっこよい人で、『White&BLACK』のときからかっこいい人だな、と思っていましたが、この『ウォーリアー』では群を抜いて鍛え上げられています。

肩と背中とか、もう、プロの筋肉です。  

 

そんな映画にアルコール依存症のお父さんが出てきて、いろいろ思うところがあったので、書きたいなと思います。

アルコール依存症の家族に対する傷は限りなく深い

お父さんが一人孤独に暮らしているところに、トム・ハーディが演じるトミーが帰ってきたところから物語は始まります。

お父さんはアルコール依存症で現在1,000日断酒継続中。 なんだか親しみがわきませんか? しかし、そんなお父さんにトミーはかなり他人行儀です。

なぜなら、トミーとお母さんはお父さんの酒害に耐えかねてお父さんから逃げたのでした。 そしてお母さんは逃げた先で呼吸器系の疾患にかかり、逃亡先で薬も買えず亡くなっていました。 トミーは父親に激しい憎悪を抱きながらアメリカ海兵隊に入り、とある理由で退役していました。

彼はお父さんに「お前に何の感情もないが、トレーナーになれ」とトレーニングのコーチを依頼するのですが、お父さんが昔の絵や思い出を話し出すと、「いいかよく聞け。そんな絵を持ってくるな。トレーニング以外でお前と話すことは何もない、くだらないことで話しかけるな。」と一蹴します。

兄のブレンダンは、お父さんのもとに逃げずに残り、その後教師になりましたが、お金がなく苦しんでいます。愛する妻と二人の娘と家を守るため、危険な総合格闘技の試合に出てお金を稼ぐことになります。

兄のブレンダンも、お父さんには憎しみがぬぐい切れません。自宅に押し掛けてきたお父さんに対して、こう言い放ちます。

「いいか、連絡をしたいなら電話か手紙にしろと言っているだろ。来るな。許してくれというなら許すが信用するわけじゃない。1000日がなんだ、ふざけるな、どうでもいいよそんなことは。孫に会いたい?お前はもう家族じゃない。」

お父さんは、1000日断酒して変わった、信用してくれ、と懇願しますが、「そんなことどうでもいい」と、家族にはもう忘れたくても忘れられない深い深い傷と溝ができているのです。    

こんなおじいちゃんにはなりたくない

家から覗いていた孫娘二人が「あのおじさん、だれ?」というシーンで、もう「うわー…」ってなりました。

「あんなに大きくなったのか!」と嬉しそうに近寄ろうとするお父さんを目で睨みつけて、娘たちに「知らない陽気なおじさんだよ、さあ中に入ろう、早く。」というブレンダン。 「家でコーヒーでも、」とまだ話しかけているお父さんをしり目に、突き放すように扉は大きな音を立ててしまるのでした。

  どう思います?

  でもこれ、酒害者のご家族からしたら当然の反応ですよね?

  今まで「もうやめて」と言い続けてきたのに、何にも変わらず酒ばかり飲んで暴言暴力してきた人間を、信用することは難しい、というか普通不可能に近いです。 憎しみは海よりも深く、怒りは山よりも高いでしょう。 しかも腹立たしいことに、本人は酒におぼれていて自覚がないというか、罪の重さを理解していないで、「そんなに冷たくするなんてひどいじゃないか」とか言っちゃうんですから。    

酒害者とその家族の間には、大きな認識の隔たりがある

酒害者にとっては、酒をやめるのはそれはそれは大変なことで、毎日鉋で骨を生きながら削られるような思いをして1日1日断酒しています。 それは例えるなら、今まで杖にしてきた「アルコール」という支えを失い、折れた足で毎日10km走れというようなものです。 不眠症の患者さんが、ある日突然、「これは体に悪いから飲んじゃダメ」と言われて睡眠薬を取り上げられ、毎日眠れない日常にいきなりぶち込まれて絶望する感じに似ています。

でも、ご家族からすると、 「あんなひどいことをする人が酒をやめるのは当然」であり、 「酒は好きで飲んだんだろう、好きでそんな風になったんだから自業自得」 「酒を飲んでいようと本人がしたことなんだから、本人の性格の問題」と思うでしょう。 それは、知識がなければ自然な感情だし、もし反対の立場だったら、もういっそのこと死んでくれよ、って願ったりしてしまうと思うんです。

もう数十年断酒している旦那さんの奥様の話を聞く機会がありました。 旦那さんが酔いつぶれて寝ている隣で、毎晩こう囁いていたそうです。

「頼むからしんでくれ。なあ、頼むからしんでくれな。自殺はしないでおくれ、保険金が出ないから。どこぞで車にでも轢かれて、事故で死んでくれ、な。頼むから今までお酒につぎ込んできた、そのお金、保険金で返してくれな。」

  ぞっとしました。

  私は、「ああ、これ俺飲み続けてたら絶対こうなってたな」と思って、 心底ぞっとしました。    

断酒で許されるとかではなく、「もう飲んではいけない」ということだけが真実

よく、許されることを私たちは期待してしまいますが、それは本当にご家族からしたらお門違いも甚だしい話なんだと思います。

一生許せるわけない。で、話は終わり、ジ・エンドです。 「もうどうでもいいけど、今後一切飲むなよな。」というのがご家族の本音だと思います。

まだ、あなたのお酒を「もう少し控えて」とか「飲みすぎなんじゃない?」とか「もういい加減にして、あなたの体が心配」とか言ってくれているうちが花です。  

一回諦めたら、人はもう何も、期待しないし言わなくなります。

  「お前がそうぐちぐちいうから飲むんだ!」とか言って、お酒を抱え込んでいませんか? そのうち、気が付いた時にはトミーのお父さんみたいになっていますよ? 孫にも会わせてもらえない、寂しく「1000日たったんだと、信じてくれ」と誰も聞いてくれない独り言をつぶやくだけの人生を送ることになりたくないなら、 いま、ここで、立ち上がるべきなのです。      

では、また!

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