【メンタル】知ってるつもりでよく知らない「ホルモン」のトリセツ①(ホルモンと神経伝達物質の違い)
こんにちは、ちあき です。 最初にお詫びしておきたいのが、この情報は何かの薬学系の雑誌で個人的に勉強していた時のメモなのですが、出典がわからず、引用元が記載できないものもございました。 申し訳ありません…。こういうのはメモっとかなきゃな…。 というわけで、知っているようでわかりにくい「ホルモン」と「神経伝達物質」について解説していきたいと思います。
こんにちは、ちあき です。 最初にお詫びしておきたいのが、この情報は何かの薬学系の雑誌で個人的に勉強していた時のメモなのですが、出典がわからず、引用元が記載できないものもございました。 申し訳ありません…。こういうのはメモっとかなきゃな…。 というわけで、知っているようでわかりにくい「ホルモン」と「神経伝達物質」について解説していきたいと思います。
今日は、生きている人全員が絵描きで、一人につき1枚の『自分らしさという絵』を完成させるのが決まり、とされる世界だったら?というifで自己肯定感とはどんな感じなのか、表現してみたいと思います。
発達障害の特性で「依存先が偏る」ということが起こりやすくなる可能性がある、という話。
今日は、妻のこれまでの人生に対して敬意を表する意味で、勝手にまとめてみた。 (怒られませんように)
アルコール依存症の回復は三歩進んで二歩下がるような、一進一退の経過を辿ります。 それは本人にとってもご家族にとっても苦しい道のりです。 「なぜわかってくれないのか?」「なぜうまくいかないのか?」 歯がゆい日々に嘆く夜もあったのではないでしょうか? 今日は禅語で依存症からの回復について考えてみました。
失敗することって、そんなにいけないことですか? 今失敗した人を「なんてやつだ!」「即刻辞めるべき」「人として間違ってる」なんていう人は、生まれてこの方一度も失敗せず、人の手も借りずに生きてきたんですか? そんなわけないですよね。
今日は、アルコール依存症の患者にとって身近な希死念慮についてどう考え、どう受け容れるか、について書いてみたいと思います。
断酒会で断酒日数を自慢する、あるいは年数が長いからとマウントしようとする人がたまにいます。「私は100日以上断酒できているから〇〇さんより上だ」「2年断酒もできていないのに断酒を語るな」本当にそうでしょうか?そしてそれは果たして重要なことでしょうか?
私はよく、自分という存在に、固執しがちです。固執して、苦しんできました。「私」「俺」「僕」という一人称に。俺が○○だからすごい。私が○○をしてあげた。僕は○○だからダメだ。しかし、インドの大乗仏教に位置する唯識思想では、『「自己」は、あるようでなく、ないようである。』という考え方が存在するのです。
「お前がそうぐちぐちいうから飲むんだ!」とか言って、お酒を抱え込んでいませんか?そのうち、気が付いた時にはトミーのお父さんみたいになっていますよ?孫にも会わせてもらえない、寂しく「1000日たったんだと、信じてくれ」と誰も聞いてくれない独り言をつぶやくだけの人生を送ることになりたくないなら、いま、ここで、立ち上がるべきなのです。