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【依存症】断酒日数は「競う」ものではなく「祝う」もの

こんにちは、 ちあき です。

 

アルコール依存症の私は、断酒会に通っています。

今日はちょっと断酒継続と断酒日数についての考え方を書いてみたいと思います。

 

断酒会で断酒日数を自慢する、あるいは年数が長いからとマウントしようとする人がたまにいます。

「私は100日以上断酒できているから〇〇さんより上だ」

「2年断酒もできていないのに断酒を語るな」

本当にそうでしょうか?

そしてそれは果たして重要なことでしょうか?

 

どんぐりの背比べ

みんな、アルコール依存症の患者は、同じ病の病人です。

そして、この病に「完治」はありません。

治る、という概念には相当せず、何年も止めているような人は「寛解」が続いている、と表現できます。

「寛解」とは、関節リウマチやがんのように、「いつまた起こるかわからないけれど現在活動は停止している」という状態のことです。

つまり、何年止めている人だろうと、結局みんな治っていないのです。

なぜか?「脳のドパミン報酬系回路が破綻して不可逆的な変化を起こしてしまっているから」です。

不可逆的、とは、もう元には戻らない、という意味です。ですので、一度この病になってしまうと脳は変化したままでもう二度と飲酒前の状態になることはありません。

自転車に乗れるようになったら、乗れなかった頃には戻れないように。

沢庵になったら、元の瑞々しい大根には戻れないように。

したがって、断酒している日数や年数で「病状」は語れても、患者の「優劣」は語れないと思うのです。なぜなら、脳の回路が狂っているという点で全く同じであり、スリップ(再飲酒)して苦しんでいるのは、明日の自分かもしれないから。

つまり、どんぐりの背比べです。

「酒を1日1日やめている」という一点において、アルコール依存症患者は全員が平等であり、優劣なく病人であり、同じ方向を向いて努力する仲間でしかないのです。

だから、アルコール依存症患者の仲間が断酒を継続できているなら、それは他ならぬ自分の分身ともいえる同志が傍らにいてくれている、ということです。

断酒という、世間には理解してもらいにくい病を患い、孤独に戦う日々に確かに見える光です。「心強い、独りではない」と自分を励ましてくれる存在です。

そう考えると、他人がどれだけ続いていてるからと言って焦ることはないということが分かります。

逆に、他人が続いていないからと言って驕り高ぶることはないということもわかります。

他人の断酒歴は祝うもの

私は、この病気になって大切なことに、ひとつ、気づきました。

今までは自分にも他人にも厳しくて少しの失敗も許せない人でした。

足りないところがあったらそれが目に付いてイライラする。

「これができてないくせに」と他人を下に見る。

そういうところがありました。そうやって他人を下におろすことで自分の価値が上がると勘違いしていた節がありました。

恥ずかしい限りです。

 

今思えば、それは、ひとえに、『自分に自信がなかったから』です。

 

しかし、やり方は人それぞれだし完璧な人なんていないということを学びました。

自分が優れている点を挙げつらい、「ほら俺が優れているだろう!」「こいつは馬鹿だけど俺は優秀だ!」とマウンティングしたとしても、それは非常に虚しいことです。

そんな行為は、「私は自信がないんです!」と、震えながら大声で叫んでいるようなもの。

完璧な人なんていなくて、私だってどこか欠損していて、だけど、だからユニークなのであって、何も恥じることはないし、みんな違って当然なのです。

人と比べなくては自分の居場所を確認できなくて、いつも落ち着かないのは、「自分が自分を認めてあげられていない」から。

あなたは、断酒しようと努力を続けているだけで、立派です。少なくとも頑張っているのは確実です。そもそも人生は土壌が千差万別なので、他人と比べるためのものではないのです。

 

MRの仕事でも、同じこと

私は個人的には前任者の人々を悪く言うのは好きではありません。

その人にはその人なりの正義があったと信じているからです。それぞれに多様な強み弱みがありそれを補っていくのがチームであり会社であるからです。

MRとは製薬会社の営業です。私たちは6ヶ月ごとの決算で計画の達成率をほかのMR・営業所平均・支店平均・全国平均と比較されて、上だ下だと毎回ジャッジされます。

そのプレッシャーは大きく、毎回100%でないと人間扱いされないほどです。

これは、「他人と比べて良いか悪いか」で物事を判断する典型的な悪い例です。

 

そして、その評価制度に洗脳されていった人間は、

担当していて思うように数字が上がらない場面で、自分を守るために「前任者が頑張ってなかったから」「あいつの顧客は偶々ラッキーな環境だけど、俺のエリアはそうじゃないから」という弁明というか、言い訳をします。

こういう人が多くてびっくりします。

他人と比べることがもはや手段ではなく、最終目的になってしまった人だけがいう、最高につまらない言い訳です。

 

私は前職では

「ポストが赤いのも自分のせいだと思って原因と結果に向き合え」

「純利益で事務員2名を含めて計3名分の年収が稼ぎ出せない人間は、会社の寄生虫だ」

と言われて育てられてきました。(笑)

とんでもないパワハラも日常茶飯事で、契約をとれなければ相談に提出した見積を先輩にくしゃくしゃにして顔に投げつけられましたし、深夜になり終電を逃したため事務所で寝袋で寝ているところを、早朝出勤した上司にわき腹ごとサッカーのシュートのように蹴りつけられて起こされたりしました。(笑)

そんな超ブラック企業時代、そんな言い訳は通用しませんでした。

パワハラが正しいとは言いません。パワハラは人格を壊します。非常によくありません。私は実際やられてとても嫌でした。

だけど、前職の上司を含めた営業たちは「利益という絶対的な生み出すべき結果」に対しては、限りなくストイックであり、決して「他人との比較」を言い訳にすることはありませんでした。

そこは、尊敬すべき姿勢だったと思います。

 

そんな言い訳を考えている暇があったら、自分の周りで起こる全てのことに対して、自分に責任の一端がある、と拡大して考える。

そこから改善策を考案したほうが、結果的に問題は早期に解決できるし、もう今、私が解決しなくてはいけないのです。

現在の「担当者」は「私」なのだから。

 

「誰が悪いか」を議論するために時間を使うのではなく、「どうやって解決するか」をみんなで考えるために時間を使うべきだと考えるのは至極合理的だと思いませんか?

失敗の大きさと犯人探しに目を向けるのではなく、次に起こさないためには、今解決するためにはどうしたらいいか、を常に考えられる人間でありたいと思います。

 

あとがき

私は、最終的に得意先が喜んでくれれば、世の中の役に立てれば、出世しなくても良いと思っています。

出世するために社内営業に明け暮れたりすることは、出世を目指す人には非常に大事に映るのでしょうが、実に些末なことです。

私たちは、ひとりひとりが関わった人々を笑顔に出来るなら、もうそれで充分すばらしいくて、その実現のためにいろんな社員がいていろんなやり方があってしかるべきなのです。

だめなところも弱いところも強いところも、みんなでさらけ出して助け合ってやって行けたらいいなと思います。

では、また!

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【依存症】禅・仏教に学ぶ 自分を責めなくてもいい理由

こんにちは、 ちあき です。

 

私はよく、自分という存在に、固執しがちです。固執して、苦しんできました。

「私」「俺」「僕」という一人称に。

 

俺が○○だからすごい。

私が○○をしてあげた。

僕は○○だからダメだ。

 

しかし、インドの大乗仏教に位置する唯識思想では、

『「自己」は、あるようでなく、ないようである。』

という考え方が存在するのです。

 

アイタタ!やべーやつじゃんこいつ! ((((;゚Д゚)))))))

 

などと、まぁ、ドン引きしないで、まずは読んでみてください。

今日はそんなお話です。

 

我々が慣れ親しんでいる西洋哲学がすべでてはない

デカルトの有名な言葉「我思う、故に我あり」が示すように、

 

有るか無いか。

0か1か。

白か黒か。

YESかNOか。

 

そういう西洋哲学的な思想方法に慣れている私たちからすると

先に挙げた唯識思想を「何を曖昧なことを…ふぅ(´Д` )」と感じるでしょう?

私もそう思いました。それで、当たり前だと思います。

 

しかし、その西洋哲学的思想も、インドの大乗仏教に位置する唯識思想も、『考え方の一つ』。片方からの視点では、お互いにどちらも是であり、どちらも非であるといえます。

 

つまり、人には人の考え方があるんだから、「どちらも許容する大らかさ」を持ってもう一度見てみてもいいじゃないか、と改めて内容を整理してみたのです。

 

唯識思想で考える「自分」の概念

「自分」という存在は、大きく分けるならば、考えをめぐらし、感じ、動き、

熱くも、冷たくもなる「心」と、何十億もの小さな細胞でできた「身体」の

集合体であり、『ひとつでありながら、ひとつではない』という解釈には一先ず納得できそうです。

 

 

例えば、真っ白な、どこまでも何もない、音も匂いも時間すらない空間があったとして、

私は「自分」が『確かに「ある」』と確信できるか、自信は持てません。

 

例えば、屈強な軍人たちの中では

「自分」はひ弱な存在にもなるし、

反対に本の虫たちの中では、

「自分」は逞ましい存在となるように、

何かがあって、「対象に反響」することで、私たちは「自分」を初めて意味づけできています。

 

物理学において、「圧力」をかけると、「反発する力」として「斥力」が生まれますが、まさに、「自分」とは「斥力」のようなものと仮定しているのが唯識思想です。

(「圧力」がなければ無いものになるが、「圧力」の存在があれば、「確かに有る」ものでもある。)

 

そこから考えて、自分で自分に下す「自己評価」を確認すると、それが『実に不正確なもの』というのがわかります。

 

ダメなやつ、

勇気がない、

失敗ばかり、

弱い…

 

いったいなぜそう言い切れるのか?

自己評価のまえに、自分すら有るようで無く、無いようで有る、曖昧な存在。

その存在を正当に評価することは極めて困難です。

 

己の心が決める世界観 アドラー心理学的視点

つまり、決めつけているのは、己の心です。

 

脳神経科学の分野においても、イメージングすることでの神経伝達物質による影響が発見されて研究されています。

 

例えば重要な顧客に対して1回きりのプレゼン大会があるサラリーマン男性Aさんを仮定します。

 

「緊張する、私なんかうまくいかない、ダメだ」と脳が認識しただけで、神経伝達物質のひとつの「ノルアドレナリン」が過剰に分泌され身体に作用して、筋肉を緊張させ、血圧を上昇させ、イメージの通りに大舞台で、見事に「ダメな自分」を実現させようとします。

 

落ち着いた、成功できるイメージを持っていると体は、セロトニンという物質が分泌しており、「自分が話すことは相手に伝わる」「バランスよく状況を認識して話せる」という「イメージ通りの成功する自分」を実現させようとします。

 

プレゼンするAさんの身体的な状況やスキルは全く同じ状態なのに、全く逆の未来を、心が左右して実現させます。

 

 

 

この部分は、西洋でありながら「あなたはあなたが望む通りの現実を創り出している。」とするちょっと前に流行った「アドラー心理学」の解釈にも似ています。

 

アディクションに苦しむ自分を望んでると答える人はいないだろうが、実は自らが望んでアディクションに飛び込んでいるのだ、というのが、アルコール依存症において「アドラー心理学的立ち位置から見た場合のとらえ方といえると思います。

 

アディクションに陥ることにより、以下の目的を果たそうと無意識に動いていたのかもしれません。

 

「生き辛さに向き合わずに済む」

「家族に向き合わずに済む」

「仕事での無力感に向き合わずに済む」

「誰も構ってくれない孤独と向き合わずに済む」

 

みな、自分の願望を叶えるためにあえてアディクトになった、そう歩んできたのは隠れた己の意思だ と、アドラー心理学では考えるからです。

 

 

唯一絶対の正解や正義など存在しない

以上のことから、その自己完結的な思考が正しいか間違っているかは抜きにしても、心が「自分」をどう定義するかは非常に影響力が強いと言わざるを得ません。

 

ただ一つ言える確かなことは、「自分」だと信じる心と身体が、「識」することにより、世界は今のところ、この瞬間瞬間には、輪郭を成しているということです。

 

だから、その見え方感じ方捉え方は、人によっても状況によっても違って当たり前で、むしろ「同じでなければならない」という同族意識、「こうでなければならない」という常識、これらに全方位からみても、全て正しいことは、実は一つもないのだろう、ということです。

 

「確からしい」と特定多数の人が認識している「常識」や「当たり前」は、実は、白でも黒でもありません。

 

「常識」や「当たり前」から少し外れていたから、なんだと言うのでしょう。

 

それが悪か善か、正しいか間違いか、天にしかわからない。

天にもわからないかもしれない。

 

だから、「こうなんじゃないかな」と思ったなら、とりあえず、やってみるしかありません。

やってみて、「あれ?こうなったか」とか「やっぱりこうした方が楽しいな」とか、挫折や失敗を繰り返して、物事は道理に従い、なるようになっていくものなのです。

 

心配したってしかたない。

 

全てあやふやでも、完璧に確かなことなどひとつもなくても、それで、良いのです。

だって、そうでしか、ないのだから。

 

この歩みは、頼りないように見えて白と黒のあいだを渡り歩く力強いもの、これがすなわち、「中道(中庸)」です。

 

中る(あたる)道と書きます。

心に中る=心中。アルコールに中る=アル中。

断酒道にも、「中道」の精神が共通していると私は考えています。

 

だから、自分を責めたり思い悩むことはない

ここまでくるとお分かりいただけたと思いますが、実は自分に関する優越感や劣等感など、実にあやふやで気にしなくていい、どうでもいいことだ、ということです。

 

「常識」や「当たり前」や、「成功」や「失敗」も、全てあやふやです。

 

なるようになる。明日のことなど、自分の全てなど、完璧にはわからない。

心配したって仕方ない。

だから、自分を責めなくていい。

心が決めたことを、腹くくってやればいい。

心がいいと思うことを、唯唯、やればいい。

 

そう思うと、なんだか肩の力が抜けて楽になってきませんか?

 

存在しているものを許容するごとに、「自分」を映す鏡が広がっていくような感覚。

 

それは「斥力」に例えられる「自分」が、神経が、世界が、価値が、広がっていくことなのだと思います。

 

だから、私からみて『至った』人たちは皆、『皆さまに、生かされている』と表現するのだろうな、と思います。

 

彼らは、他人は自分の一部と考えているのです。

 

だから、そのままで生きていて安心できるのです。

なぜなら、他人といても、他人すら、「自分」の範疇だから。

 

だから、断酒会にいくと私たちは安心するんだと思います。

断酒会のメンバーはみな、どんな状況にあっても、どんなにダメでも、何度失敗したとしても、もう一人の自分だと思えるからです。

 

だから、マザーテレサのように、認められることを全く目的としない慈愛の心を持つ人の生き方は、どんなときも幸せなんだろうと思います。

 

他人のことを真剣に応援できたり、みんなに貢献するために頑張れたりしますが、それは、みんなに対してであると同時に、みんなという「自分」に対してでもあるから。

 

「自分」ごとだから、夢が叶ったら自分のことのように嬉しいし、悲しいことがあったら、共に涙を流して悲しむし、誰かと誰かが争っていたら、心が痛い。

 

 

宮沢賢治の、アメニモマケズが心に響くのは、おそらく「真理」に限りなく近い「慈愛」という概念が文章化されているからなんじゃないかと思っています。

 

『三輪清浄の不分別智』という考え方だそうです。

自分 他人 その間での行為 を、分けない。

AがBにしてあげたとか、自利と他利を分別したりしない。

優劣をつけたりしない。

上下関係をつけたりしない。

自分が他人にしたこと、他人が自分にしたことは、自利であり、他利でもある。

 

そのような認識に基づいて「慈愛」にただ誠実に生きることで、自分は清く在ることができ、他者にも温かさを感じてもらえるのではないでしょうか。

 

私にとっての幸せは、そのような人であること。

やっと私の幸せはここに輪郭を顕わしたと言えます。ここまで長かった…。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

では、また!

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【依存症】映画に学ぶアルコール依存症の怖さ(『ウォーリアー(原題:Warrior)』2011年アメリカ)

こんにちは、 ちあき です。

ウォーリアー』(Warrior)は、2011年アメリカ合衆国のスポーツドラマ映画。 ギャヴィン・オコナーが監督・脚本・製作を務めた。 主演はジョエル・エドガートントム・ハーディ。 (Wikipediaより)

トム・ハーディといえば、現在人気公開中の『ヴェノム(Venom)』で主演を務める肉体派の俳優さんです。 めっちゃ筋肉がかっこよい人で、『White&BLACK』のときからかっこいい人だな、と思っていましたが、この『ウォーリアー』では群を抜いて鍛え上げられています。

肩と背中とか、もう、プロの筋肉です。  

 

そんな映画にアルコール依存症のお父さんが出てきて、いろいろ思うところがあったので、書きたいなと思います。

アルコール依存症の家族に対する傷は限りなく深い

お父さんが一人孤独に暮らしているところに、トム・ハーディが演じるトミーが帰ってきたところから物語は始まります。

お父さんはアルコール依存症で現在1,000日断酒継続中。 なんだか親しみがわきませんか? しかし、そんなお父さんにトミーはかなり他人行儀です。

なぜなら、トミーとお母さんはお父さんの酒害に耐えかねてお父さんから逃げたのでした。 そしてお母さんは逃げた先で呼吸器系の疾患にかかり、逃亡先で薬も買えず亡くなっていました。 トミーは父親に激しい憎悪を抱きながらアメリカ海兵隊に入り、とある理由で退役していました。

彼はお父さんに「お前に何の感情もないが、トレーナーになれ」とトレーニングのコーチを依頼するのですが、お父さんが昔の絵や思い出を話し出すと、「いいかよく聞け。そんな絵を持ってくるな。トレーニング以外でお前と話すことは何もない、くだらないことで話しかけるな。」と一蹴します。

兄のブレンダンは、お父さんのもとに逃げずに残り、その後教師になりましたが、お金がなく苦しんでいます。愛する妻と二人の娘と家を守るため、危険な総合格闘技の試合に出てお金を稼ぐことになります。

兄のブレンダンも、お父さんには憎しみがぬぐい切れません。自宅に押し掛けてきたお父さんに対して、こう言い放ちます。

「いいか、連絡をしたいなら電話か手紙にしろと言っているだろ。来るな。許してくれというなら許すが信用するわけじゃない。1000日がなんだ、ふざけるな、どうでもいいよそんなことは。孫に会いたい?お前はもう家族じゃない。」

お父さんは、1000日断酒して変わった、信用してくれ、と懇願しますが、「そんなことどうでもいい」と、家族にはもう忘れたくても忘れられない深い深い傷と溝ができているのです。    

こんなおじいちゃんにはなりたくない

家から覗いていた孫娘二人が「あのおじさん、だれ?」というシーンで、もう「うわー…」ってなりました。

「あんなに大きくなったのか!」と嬉しそうに近寄ろうとするお父さんを目で睨みつけて、娘たちに「知らない陽気なおじさんだよ、さあ中に入ろう、早く。」というブレンダン。 「家でコーヒーでも、」とまだ話しかけているお父さんをしり目に、突き放すように扉は大きな音を立ててしまるのでした。

  どう思います?

  でもこれ、酒害者のご家族からしたら当然の反応ですよね?

  今まで「もうやめて」と言い続けてきたのに、何にも変わらず酒ばかり飲んで暴言暴力してきた人間を、信用することは難しい、というか普通不可能に近いです。 憎しみは海よりも深く、怒りは山よりも高いでしょう。 しかも腹立たしいことに、本人は酒におぼれていて自覚がないというか、罪の重さを理解していないで、「そんなに冷たくするなんてひどいじゃないか」とか言っちゃうんですから。    

酒害者とその家族の間には、大きな認識の隔たりがある

酒害者にとっては、酒をやめるのはそれはそれは大変なことで、毎日鉋で骨を生きながら削られるような思いをして1日1日断酒しています。 それは例えるなら、今まで杖にしてきた「アルコール」という支えを失い、折れた足で毎日10km走れというようなものです。 不眠症の患者さんが、ある日突然、「これは体に悪いから飲んじゃダメ」と言われて睡眠薬を取り上げられ、毎日眠れない日常にいきなりぶち込まれて絶望する感じに似ています。

でも、ご家族からすると、 「あんなひどいことをする人が酒をやめるのは当然」であり、 「酒は好きで飲んだんだろう、好きでそんな風になったんだから自業自得」 「酒を飲んでいようと本人がしたことなんだから、本人の性格の問題」と思うでしょう。 それは、知識がなければ自然な感情だし、もし反対の立場だったら、もういっそのこと死んでくれよ、って願ったりしてしまうと思うんです。

もう数十年断酒している旦那さんの奥様の話を聞く機会がありました。 旦那さんが酔いつぶれて寝ている隣で、毎晩こう囁いていたそうです。

「頼むからしんでくれ。なあ、頼むからしんでくれな。自殺はしないでおくれ、保険金が出ないから。どこぞで車にでも轢かれて、事故で死んでくれ、な。頼むから今までお酒につぎ込んできた、そのお金、保険金で返してくれな。」

  ぞっとしました。

  私は、「ああ、これ俺飲み続けてたら絶対こうなってたな」と思って、 心底ぞっとしました。    

断酒で許されるとかではなく、「もう飲んではいけない」ということだけが真実

よく、許されることを私たちは期待してしまいますが、それは本当にご家族からしたらお門違いも甚だしい話なんだと思います。

一生許せるわけない。で、話は終わり、ジ・エンドです。 「もうどうでもいいけど、今後一切飲むなよな。」というのがご家族の本音だと思います。

まだ、あなたのお酒を「もう少し控えて」とか「飲みすぎなんじゃない?」とか「もういい加減にして、あなたの体が心配」とか言ってくれているうちが花です。  

一回諦めたら、人はもう何も、期待しないし言わなくなります。

  「お前がそうぐちぐちいうから飲むんだ!」とか言って、お酒を抱え込んでいませんか? そのうち、気が付いた時にはトミーのお父さんみたいになっていますよ? 孫にも会わせてもらえない、寂しく「1000日たったんだと、信じてくれ」と誰も聞いてくれない独り言をつぶやくだけの人生を送ることになりたくないなら、 いま、ここで、立ち上がるべきなのです。      

 

 

では、また!

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【依存症】依存症に対する偏見の深刻さ

こんにちは、ちあき です。

丸山穂高議員の言動に端を発した辞職勧告案が立憲民主党や日本維新の会など野党6党派から提出されました。

日本維新の会代表の松井一郎大阪市長は15日、日本記者クラブで会見し、戦争による北方領土返還を元島民に質問し、維新から除名された丸山穂高衆院議員について「ことの重大さに早く気付いて、潔く身を処すべきだ」と述べ、重ねて議員辞職を促したとのことです。

この騒動を見ていて、日本の依存症に対する理解の無さについてちょっと思うところがあり、まとめてみました。

 

 

そもそも、丸山穂高議員は何を言って問題になったの?

下記の北海道新聞の記事がわかりやすいので、抜粋いたします。

唐突に領土問題投げかけ/周囲の制止聞かず 丸山議員 国後での言動

ICレコーダで取材中に「団長、団長」と呼びかけ

 訪問団は10日に根室港を出港し、国後島古釜布に滞在した。11日午後4時ごろから、団員は12班に分かれてロシア人島民宅で交流し、午後7時半ごろから宿泊施設「友好の家」に順次戻った。その後、団員約10人が友好の家の食堂で飲酒を伴う懇談を始め、丸山議員もその中にいた。丸山議員は帰港後、記者団に島民宅や懇談で「酒をたくさん飲んだ」と証言している。

記者は他の同行記者1人とともに午後7時40分ごろから、食堂の端で大塚小彌太団長(90)に対し、ICレコーダーを使用して取材を始めた。午後8時すぎ、離れた場所で懇談していた丸山議員が「団長、団長」と大きな声で呼び掛けた。当初団長は応じなかったが、丸山議員は団長の横に座り、日本人墓地を巡る議論を投げかけた。

唐突に始まった領土問題の会話

 その後、唐突に領土問題に関する会話が始まった。

丸山氏「団長は戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」

大塚氏「戦争で? 反対です」

丸山氏「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」

大塚氏「いや、戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」

丸山氏「でも取り返せないですよね」

大塚氏「いや、戦争するべきではない」

丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」

大塚氏「いや、戦争は必要ないです」

(中略)

丸山氏「何をどうしたいんですか」

大塚氏「えっ」

丸山氏「何をどうしますか」

大塚氏「何をですか」

丸山氏「うん。どうすれば」

大塚氏「どうすれば、って何をですか」

丸山氏「うん」

大塚氏「いや。何をどうすればいいって言って」

丸山氏「この島。この島を」

大塚氏「それを私に聞かれても困ります。率直に言うと、返してもらったら一番いい」

丸山氏「戦争でも」

大塚氏「戦争なく。はい。戦争はすべきではないと思います。これは個人的な意見です」

丸山氏「なるほどね。そうでございますね」

大塚氏「早く平和条約を結んで、解決してほしいです」

注意を聞かなかい丸山氏 深夜まで騒ぐ

 この後も丸山氏は大塚氏への質問を続け、大塚氏や他の団員、訪問団事務局員らが注意したが、丸山氏は聞かずに取材は中止に。午後8時15分ごろ、大塚氏は「先生、失礼します」と言って食堂を出た。丸山氏は深夜まで食堂や廊下で大声で騒いだり、事務局や外務省職員の制止を聞かずに外出しようとしたりした。

複数の団員が「元島民に失礼な発言だ」「騒がないでほしい」などとして丸山氏に抗議。事務局にも苦情が相次ぎ、翌12日の朝食時、丸山氏が事務局員に促される形で陳謝。昼食時にも団員を前に「ご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と謝罪した。(今井裕紀)

5/17(金) 17:57配信 北海道新聞 より

この様子をみてどうでしょうか?

明らかに酒に酔って前後不覚になっている様子がわかりますね。

もちろん、私はこの発言を擁護する気はありません。

戦争は繰り返してはならない悲劇だし、領土を戦争で取り返そうなどというのは戦国時代に逆戻りであり平和と民主主義に則って議論の中で解決策を見出そうとするべきです。

だから、丸山穂高議員が今回発言した内容については、残念ながら政治家として発言するには思慮が浅かったと言わざるを得ません。

 

丸山穂高議員は以前にも飲酒で問題を起こし「禁酒」していた

私たち依存症の既往歴のある人間から見て、どうにも引っかかるのは、ここです。

ご本人のtweetから引用します。

 

 

2016年1月なので、3年前ですね。

そのときの事件が下記のような内容でした。

 

飲酒が原因で問題を起こして「禁酒」を宣言していた、ということは「社会生活に困難を感じていた」のですから、そこで止めることができれば依存症ではありませんが、こうした困難を経験しているにもかかわらず「ほどほどにできない」「やめることができない」場合は、依存症か依存症の予備軍であると考える、と厚生労働省の依存症対策HPに記載されています。

 

やめたくても、やめられないなら...

アルコールや薬物、ギャンブルなどを“一度始めると自分の意思ではやめられない”、“毎回、やめようと思っているのに、気が付けばやり続けてしまう”それは「依存症」という「病気」かもしれません。

依存症は、一般的なイメージでは、“本人の心が弱いから”依存症になったんだ、と思われがちですが、依存症の発症は、ドーパミンという脳内にある快楽物質が重要な役割を担っています。

アルコールや薬物、ギャンブルなどの物質や行動によって快楽が、得られます。そして、物質や行動が、繰り返されるうちに脳がその刺激に慣れてしまい、より強い刺激を求めるようになります。その結果、物質や行動がコントロールできなくなってしまう病気なのです。

また、依存症は、「孤独の病気」とも言われています。

例えば、「学校や職場、家庭などとうまくなじめない」といった孤独感や「常にプレッシャーを感じて生きている」、「自分に自信が持てない」などの不安や焦りからアルコールや薬物、ギャンブルなどに頼るようになってしまい、そこから依存症が始まる場合もあります。

さらに、依存症は「否認の病気」とも言われており、「自ら問題を認めない」ため、本人が病気と認識することは困難です。一方、家族はアルコールによる暴力やギャンブルによる借金の尻ぬぐいになどに翻弄され、本人以上に疲弊するケースが多くみられます。

「(家族や知人が)依存症かもしれない」そう思ったら、1人で抱えこまず、また1人で解決しようとせずに、まずは、お近くの「保健所」や「精神保健福祉センター」に御相談ください(本ページからでも検索することができます)。

家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。

厚生労働省ホームページ 依存症対策 より

 

個人的には、三森みさ先生の「だら夫」然り(ブログ記事:【依存症】厚労省監修の依存症啓発漫画がスゴすぎる件)本当に厚生労働省にはちゃんと考えてくれている人がいるんだな、と思います。

依存症対策に真剣に取り組んでくださる優秀な方が政府としてきちんと対応を検討してくれるのはとても素晴らしいことです。

 

さて、話がそれてしまいましたが、このように丸山穂高議員はもしかすると違うかもしれませんが、アルコール依存症(もしくは予備群)の可能性があるので、「家族や友人など周りの人が、依存症について正しい知識と理解を持ち、当事者の方を早めに治療や支援につなげていくこと。それが依存症を予防し、また回復につなげる大事な一歩です。」という文言に則り、支援につなげていく必要があります。

もし違ったとしても、専門の医療機関や支援に繋がり、そうではなかった、とわかるだけでも本人やそのご家族、そして一緒に活動していた日本維新の会やその代表は病気を視野に入れて丸山穂高議員の今後を一緒に考えることができます。

しかし、そのような兆しはまるでなく、ただ責任を取らせてやめさせよう、という「要らなくなったゴミは早く捨ててしまおう」「失敗したやつをつついて問題にして引きずりおろそう」という魂胆が透けて見える議員たちの対応に、がっかりせざるを得ません。

それで本当にギャンブル依存症対策ができるのでしょうか?はなはだ疑問です。

 

ギャンブル等依存症対策を進めるためにも模範を示してほしい

日本維新の会は「ギャンブル等依存症対策基本法案」を参議院に提出し積極的に対策を取り組む姿勢をみせています。

この法案の目的にあるように、「予防等(発症、進行及び再発の防止)、医療の提供等による回復等を社会的な取り組みとして総合的かつ計画的に推進」を本当に実行するためには、まずは元身内のアルコールによる不祥事を切り捨てて「我々は関係ない」と突き放すのではなく、「予防等及び回復を図るための対策の適切な実施、本人及びその家族が日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるように支援」する必要があるのではないでしょうか?

自分たち優秀な政治家は、この法案には当てはまりませんか?

それこそ、依存症の本質を全く理解していない、と言わざるを得ません。

そのような人々がいくら「絵に描いた餅」を法案にしても、世の中は何も改善されません。

誰でもなる可能性がある。

だから、対策をとらなくてはならない。

それは議員だろうが、一般市民だろうが、人間である以上変わりなく平等にリスクと権利があるのではないでしょうか。

 

一方で、丸山穂高議員の失敗に対して依存症の知識が乏しい一般的な人たちが、偏見や嫉妬や正論を振りかざし快感を得るために丸山穂高議員を攻撃し、もし依存症なら回復を遅らせるような発言をしていて、それに「いいね」が多数ついているのもこの国の悲しい事実であり現状です。

 

 

このように、アルコールを摂取した状態での失敗や不祥事に対して個人の「人格」の問題だと見誤ったり、禁酒(断酒)を簡単にできるものと誤解したりする理解の無さ、つまり偏見や差別がアディクションに対する見方を歪め、社会を生きにくくしていることに、大多数の人は残念ながら気づいていないようです。

 

 

このような無知や誤解を解き、社会を改善できるようなソーシャルワーカーとして、一刻も早く資格を取得して、率先して啓発活動をやっていけたらいいなと考えております。

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【発達障害】私の正論へのこだわりは「正論への恨み」から来ていたという話

こんにちは、ちあき です。

さて、私はASD(自閉症スペクトラム)という発達障害で、ADHD(注意欠陥・多動性障害)も併存しているタイプです。

そんな私は正論に対するこだわりが強い傾向にあり、よく会議やディスカッションになると論理的に正しいかどうか、社会的に意義があるかどうか、という視点で考えてしまい、よく他人の主張や感情とぶつかります。

言っちゃえば、すぐ揉めます。

このように、中堂系さんみたいなことを会議で言ってよく空気が最悪になります。

なんでなんだろう…?と思っていた矢先、Twitterで素晴らしいサイトに出会いました。

 

私がハッとした「アスペルガー研究家マスペルさん」のtweet

 

 

マスペルさんのサイトがこちらになっており、詳細が掲載されています。

サイトから引用させていただきました、こちらの文章が実におもしろい。

 

アスペルガーASDは皆元々は積極奇異型であるという仮説

私の仮説にアスペルガーASDは元々は積極奇異型であるというものがあります。

積極奇異型は最も感情的で自己本位なタイプと言われています。

感情的、自己本位的に振る舞った結果周囲の人との間にコミュニケーションの問題が起き、これじゃダメなんだと思い自分を抑えて周りの言うことを聞くように適応していくと受動型へと変化していくと思われます。

受動型になると周りの言うことに合わせて自己を抑え合わせるのでどんどんとストレスが大きくなっていきます。

その結果もう限界だと感じるようになると自己を抑えることをやめて他人から遠ざかり関わることをやめる孤立型へと変化していくと思われます。

ツイッターでこの仮説についてツイートしたところ、子どものときはガンガン自分から行く積極奇異型だったが大人になっていくうちに周りと衝突し孤立型になったというリプライや、受動型だったが周りに合わせるのがしんどくなって孤立型になってきたというリプライをいくつもいただきました。

 

この考察をもとに私の成育歴を振り返る

先ほどのtweetに対する私の反応がこちらです。

興奮してます。笑

 

 

①積極奇異型シーズン:生後~小学校低学年

とにかく幼稚園でも学校でも習い事でも浮きまくっていました。笑

どこに行っても仲間外れにされたし、いじめられました。

言いたいことを言語化できないもどかしさで殴ったり物を投げたりする攻撃性を大人からも子供からも非難されたことや、ドハマりすると24時間でも延々平気でやってしまう極端さが「集団で仲良く遊ぶ」という幼稚園や学校が奨励する価値観と真逆で『厄介な子供』扱いされたことなどが、背景にあったように思います。

当時は、美術と図画工作が好きでした。

材料を使って『好きなように何をしてもいい』という授業は心が躍りました。

しかも、好き勝手に発想したことをやればやるほど褒められる。

こんなことは他の授業や習い事では未だかつてなかったので、どんどんエキセントリックなことをやりました。

それが気に入らないいじめっ子が、賞をもらった私の絵を一生懸命「たいしたことない」と罵り、嫉妬からいじめが激化しました。

やがてそうした副作用が面倒になり、美術や図画工作も楽しくなくなりました。

そんな感じでどんどん歪んでいった私はだんだん周囲の人間は憎いもの、という認識を形成していき「俺から時間や尊厳を略奪したり大好きなものをこき下ろすクラスメイトなど、敵と同じだ。敵なら自分がやられる側でも文句言えないだろう」などと考えはじめ、いじめっ子や日和見主義のクラスメイトたちにいじめられたらとにかく『奪われたら奪い返す。やられたらやり返す』という生き方をしていました。

 

②受動型:小学校高学年〜大学2年

そんな生き方をしてきてどんどん嫌われていきました。

私が発言すれば皆が異を唱える、という具合で、四面楚歌になり、学校で終業間際に行われる「クラス会」は毎回紛糾しました。

まさに私にとって会議は今も昔も鬼門です。

多勢に無勢。

徒党を組まれてはたとえ独りで奮闘していてもいずれ押さえ込まれ屈服させられる。

今までのスタイルに対して敗北感と危機感を持ち始めます。

 

私小学校3~4年のころだったと思いますが、ある事件が起こりました。

ある日、砂場で一人きりで丹精込めて作っていた砂の城を、いじめっ子の主犯格Fくんが

「イエーイ」と言いながら踏みつぶしてきました。

ニヤニヤしたその顔を見た瞬間、私の中で何かが切れました。

追いかけましたが、足が相手のほうが早いので勝てません。

先生を呼ぼうか…いや、大人は私を認めてくれないのであてになりません。

しかたない。自分で報復するしかない。

私はその子のランドセルの中身が大事なものだと知っていたので、置いてあるランドセルをつかんで走り、池に投げ捨てました。

その子は泣きながら私に蹴りを入れようと走ってきたので、身を躱したところ、池に落ちました。

それを見て千載一遇のチャンスに舌舐めずりしました。

「こいつは何回も『やめてよ』と訴えたがいっこうに改善されないんだからしかたない。最早ここで殺すしかない。」

とランドセルをつかんで上がろうとするFくんの顔や手を踏みつけて池に蹴り落とし続けました。

誰かが通報したのか、先生が慌てて2~3人飛んできました。羽交い絞めにされるまで、ずっとその子を殺そうと蹴り落としていました。

その事件はクラス中を戦慄させました。

私が大した力がないと見くびっていたいじめっ子グループや日和見主義のその他大勢も、私を恐れているのが翌日のクラスの様子で分かりました。

ここらで『擬態』するしかない。

私はその突き落として殺し損ねたいじめっ子の主犯格Fくんに作り笑いを浮かべて

「昨日はごめんね」と皆の前であえて自ら歩み寄るポーズをとりました。

これでどちらが人間的に上か印象付けることができる、と考えて先手を打ったわけですが、

これが功を奏して「怒ると怖いけど優しい」というイメージを周囲に鮮烈に植え付けることができました。

 

そこからとにかく他人に気を遣う生活になりました。

学校では登校時と下校時が最も苦痛でした。

なぜか?あいさつしなくてはいけないからです。

もれなくあいさつしなくてはならない。目が合ったりすれ違ったのに挨拶をし忘れて「無視した」と思われてはならない。笑顔で過ごして印象を悪くしてはならない。

集団で団結したときの他人の脅威をこちらに向けられないよう過ごしていたら、うわべだけの友人・仲間がたくさんできました。

自分の気持ちを押さえつけて押さえつけてとにかく集団に馴染む。擬態する。

安全でした。でも、実につまらなかったです。

 

③孤立型になりかけ:大学3年〜今

少し本音を出したり自分を出すと、不協和音を奏でる私の性質に辟易として、他人との関わりにもう限界を感じ始めた高校時代。

大学に入り、アルコールを知りました。

アルコールを飲めば前頭葉を麻痺させ感情を開放して普段押さえつけている本音が出せる。

受動型でため込んできた鬱屈したストレスを開放することができる。

しかも、「酔っていたから」という理由で多少破天荒なことを言ってもやっても許されるので、どんどん酒にハマっていきました。

これが悪魔的に素敵に愉快にキマってしまい、良くも悪くも相乗作用を発揮したといえます。

特に親しい友人数名としか飲み交わさず、本音も明かさず、話さなくてもいい、最低限の繋がりのみで生きていける大学生活はかなり快適でしたが、それも長くは続きませんでした。

そう、社会人生活です。

私立大学で、通称「やめと経済学部」と揶揄される文系の有象無象が集うマンモス学部、経済学部をただ卒業しただけの、なんの特色もない私が行きつく新卒採用ポストは、定番の営業職しかありませんでした。

嫌でも毎日他人と話をしなくてはなりません。

それが仕事だから。

受動型の時代とは比較にならないほどのストレスを抱えていきます。

それを晴らすために毎日浴びるように飲みます。

その結果、社会人にあるまじき失敗をするようになります。

どんどん自尊心が削られていきます。

次第に必要最低限のことしか話さなくなり、失礼だなんだと文句をつけられないように、慇懃無礼なほどの丁寧語でしか誰とも話さなくなっていきました。

妻に言わせると、最初に合コンで出会ったとき

「ロボットみたいな人だな」

と思ったそうです。(なのになぜ付き合ってくれたのか謎)

気を遣っているのがまるわかりの、常に強張った顔。(なんなら瞼は痙攣)

言われた言葉を分析して応答するまでにパターン化して〇×を判断していたので応答が遅い。

ギャグと嫌味の区別がつかないのでとりあえず愛想笑い。

そんな感じでした。

 

アルコール依存症になったことが、気づきを与えてくれた

とにかくもう自分に自信がなかったです。

そのまま生きていたら嫌われてきた。

だから擬態しないと、この世の中では生きていけない。

しかし、生きていくために擬態すると、ずっと理性で感情を抑えているから苦しくてたまらない。

だから、アルコールで緩和してきたけど、それももう限界に近づいている。

アルコール依存症だと診断されるまでの新社会人の約5年間は地獄のようでした。

 

 

「るろうに剣心」の登場人物の、瀬田宗次郎にシンパシーを感じていて、ずっと心から離れなかったセリフがあります。

 

 

所詮この世は弱肉強食

強ければ生き、弱ければ死ぬ

殺さずとか、弱いものを守るとか

貴方の言うことは間違いなんだ

あのとき貴方は、僕を守ってくれなかったじゃないですか

貴方が正しいというのなら

なんで守ってくれなかったんです

あのとき、誰も僕を助けてくれなかった

僕を守ってくれなかった

あの時僕を守ってくれたのは

志々雄さんが教えてくれた「真実」と、一振りの脇差だった

だから間違っているのは、貴方なんだ

 

このシーンになんで心が揺さぶられるのかなぁ、と思っていたのですが、ようやくわかりました。

 

たしかに、私はずっとイライラして生きてきました。

 

「俺が正しくないというのなら、お前らはとことん正しいんだろうな?」と

他人に対して自分に対するのと同様に常に正論とルールにこだわり、外れるものを許しませんでした。

他人が、私のありのままを許してくれなかったことに対して、恨み憎んでいました。

 

でも、自分が幼少期にされて性格が歪むほど嫌だったことを、他人にまで強いて徹底して主張してきたのか…。

と思うと、なんだかやるせない気持ちです。

 

本当はありのままに生きたかったのに、そうさせてはもらえなかった。

そのままの自分を受け容れてもらえなかった。

だから、こっちは死ぬ気で我慢しているんだ。

俺が我慢してるのに、否定してきたお前らは我慢しないなんて、ずるいじゃないか。

正しくないと私にいうのなら、あなたたちは徹底的に正しくいてくれなくては嘘だろう?

正しくないのに、私に間違っていると言うな!

間違ってもいいというのなら、どうしてあのとき私を許してくれなかったんだ?

全部おかしいじゃないか。

 

という怒りが私を正論に駆り立てていたんだなぁ、と気づいてすっごくすっきりしました。

 

また、生きてるだけでストレス抱える理由もわかりました。

受動型で周囲に合わせて理性で抑え込んでいるからだったのか。

だから、アルコールやタバコなど依存物質に頼って脳を弛緩させたかったのか。

 

これらを解決するためには、

誰よりも私自身が、私に対して

「そのままで生きていていい」

という許可を出すしかないのだと思います。

偽らなくてもいい。

正しさにこだわらなくてもいい。

感じるままに感じてもいい。

やりたいと思うことをやってもいい。

そういうカギをひとつひとつ解除して自分を解放してあげたいなと思います。

 

剣心から「真実の答えは己の人生の中から見出せ」と諭されて歩き始めた宗次郎のように。

 

ではまた。

【発達障害】ASDやADHDは本当に「使えないやつ」なのか?

こんにちは、ちあき です。

妻によく「めんどくせー!笑」と突っ込まれる私はASD(自閉スペクトラム症)+ADHD(注意欠陥・多動症)です。

俗に言う「空気を読む」「行間を読む」がすごく下手です。

そんな人はよく社会に出て「使えないやつ」と言われて馬鹿にされます。

本当にそうでしょうか?という話です。

 

 

私の懲戒処分事件に見るASDの特性

何回か書かせていただいていますが、私はアルコール依存症でして、度重なる飲酒による失敗から懲戒解雇をネタに依願退職を勧められた経験があります。

結果的には「戒告」という懲戒処分になりました。

会社としては、何回も酒で問題を起こすような「使えないやつ」はさっさと退場させたい。

そこで、上層部は結託し、私がいかに成果が出ていなくて、いかに効率が悪い働き方しかできなくて、会社に迷惑をかけるやつかを証明するために証拠集めを始めます。

並行して、もし証拠不十分で辞めさせられない可能性を視野に入れて、「自宅謹慎」を命じて仕事を取り上げ、社内外への連絡を一切禁じて、孤立させます。

そうして、たまに人気のない喫茶店などに呼び出しては、以下のような事を言葉を繰り返し言い聞かせます。

「このままもし会社に残ってもお前のためにならない」

「業績も大したことはないし、私から見たら君はこの仕事は向いていないから、違う可能性を探したらどうか」

「懲戒解雇されたら退職金も出ないぞ、今のうちなら自己都合退職扱いにしてもらえるぞ」

「今まで散々指導した事実がある以上懲戒処分は免れない、そうなったらお前のこの会社でのキャリアはもう終わりだ」

 

つまり、言外に

『お前は使えない。懲戒解雇されたくないだろ?自己都合にしてやるから、早く辞めろ。』

と繰り返し言い聞かせる、ということです。

 

しかし、私は残念ながらASDでした。

このような行間は、追い詰められていればなおさら、簡単には読めません。

しかも、真剣に考え反省して決断しなくてはならないと、徹頭徹尾、空気を読むなどという『曖昧な決め方』はしてはいけない、と思って論理的に考えようとしました。

 

これが私にとっては幸いし、上司にとっては災いしました。笑

 

ここまでズタボロに言えばさすがに「辞めます」っていうだろう、と思ったのに、首を一向に縦に振らない私に、次第に上層部は苛立ちを隠さなくなりました。

言い方は徐々に直接的になりました。唾を撒き散らしながら罵倒し、さながら「千と千尋の神隠し」の湯婆婆のようでした。

私も負けじと善意から真剣に「恩返しと罪滅ぼしを具体化するためには会社に残り成果を上げてから辞めるのが最低の礼儀だ」と考えて、上司の遠回しな主張や提案(=マジ早く辞めてくれというお願い)を結果的に丁重にお断り(いっちゃえば全無視)して

「ここで働かせてください」

という一言だけを壊れた人形のように繰り返し、終いには泣きながら土下座し始めたあたり、千尋並みの狂気を彼らは私に感じたようでした。

 

表現が時間が経つにつれ直接的になるに伴い、私も徐々に言いたいことが分かってきました。

そうかそうか、私に「迷惑だからもうどっかいけよ」と言いたいんだな、君たちは、と。

その理由では納得できませんでした。

それはパワハラだよね?

それに弁護士に聞いたり調べたところ、著しく戒告事由に抵触し会社に損害を与えた実績がなければ、懲戒解雇はできないよね?

理由が十分ではないうえに、懲戒解雇という単語を使うのは、一種の脅迫だよね?

私は確かにあなた方に多大な迷惑をかけたし大した特殊能力があるわけじゃない。

だけど、あんたたちが今まで言ってきた事は「貴方のため」という嘘に包んだ自分勝手な理論だよね?

それって私が辞めないことを責める大義ではないよね。

じゃあ、その主張は聞く価値ないよね。

それゆえに、私は私の判断に従い、やめるより残って実績で贖罪と恩返しをしてから辞めたいし、やりたかった仕事をやるまでは辞めたくない。

だから、絶対に「今は」辞めない。

この方程式がおかげで組み上がっていたので、的確な変数(合理的かつ良心的な理由)を示してもらわないと自己都合退職という無責任な決断はできない、とある種の融通の利かなさが功を奏した形で、強い意志でありがたい退職勧告を頑なに固辞し続けることになりました。

結果として、予想通り懲戒解雇はコンプライアンス委員会と組合を通過できず、人事部と上層部の頑張りも虚しく「戒告」のみにとどまりました。

 

ASDは目的と理由が明確かつ正当であればムラなく動ける

今回の事例で会社が得るべき教訓は、「ASD+ADHDの私に察してほしいとか空気を読んで欲しがるのは最適解ではない」ということです。

定型発達が多用する「言わなくても分かるでしょ」的暗黙知を前提にしてしまったので、私が自主退職すべき明確な理由を提示できていませんでした。

発達障害同士なら、むしろ周到に目的と手段を明確化して言語化して意思疎通しようとするから、認識に齟齬がなく、伝達ミスも起こり得ないので、私を説得できたと思います。

「採用コスト(初期費用)がこれだけかかっているのに、給料と売上と純利益から考えて、月当たり○○円の損害だから、会社を一日も早く辞めてくれたほうが我が社のためになる」

「その上で最も早く辞められて、退職金を支払ったとしても○○万円だから、このまま懲戒会議にかける時間的コストを勘案すればむしろプラスなので、お互いwin-winだから、懲戒解雇より依願退職が望ましい」

という分析が妥当であったなら、私は首を縦に振っていたでしょう。

 

結果として、土下座した頭を踏まれるような陰口と嘲笑を、泥水をすすり血反吐を吐きながら耐え抜いて会社に残り努力を続けました。

それからは、売上計画(ノルマの110%)を達成し続けており、四国地方の支店内でトップ5の連続達成記録を達成しており、この決算期もすでに見通しは立っているので、記録更新予定です。

ほら、やはり私の考えが正しかったじゃあないですか。辞めさせるより金を生んだでしょう?笑

 

ASD、ADHDが「出来ない子」なんじゃない。

伝え方や受け取り方が違うだけであり、活かし方次第なのに、それを定型発達者が理解していないだけなのではないかなぁ、と思います。

https://twitter.com/frenchbeansaya/status/1125166350349897728?s=20

このツイートにもあるように理由をつけて説明することは重要ですし、

何をしてほしいのか?

どうすればできるのか?

なぜやるのか?

いつまでにしてほしいのか?

 

5W1Hを明確にしさえすれば、これほど説得しやすい人種は逆にいないのではないか、とすら思います。

 

しかし、私の場合は

・マルチタスクになると著しくエネルギーの消耗が速く精度が落ちる

・急な予定変更や作業中断に激しいストレスを感じる

という特性ゆえのマイナス面もあります。

この辺りについての対策はまた改めてまとめたいと思います。

 

子供をあやしながら、つらつらとそんなことを考えた連休最終日でした〜。

明日からお仕事の方も、そうでない方も、のんびりいきましょう。

だいたい会社の言うことは論理的ではなく都合の良いことです。

相手が適当なんだから、こちらも適当にこなしたって文句言われる筋合いはありませんから。

気楽にいきましょー!

 

 

【依存症】お酒しかなかった数年前のGWを振り返ってみた

こんにちは、ちあき です。

GWも残すところあと少しですね。

世の中的には長い休みですよねー。10連休とかすごすぎ!

今日は断酒例会で酒を飲みまくっていた時の長期連休の話になり、自分自身を振り返っていました。

 

とにかく酒を抱えて引きこもった3年前までのGW

妻と出会う前、独りで迎えたGWの記憶は、あまりありません。

ずっと、酒で酩酊していたからです。

連休の最初の夜にしこたま酒を買い込んでましたねー。

ビール・ワイン・ストロング系チューハイ・ウイスキー・ジン・ウォッカ・リットル単位の焼酎…

なぜこんなに買うのか?

酒を買いに出ると人に会ってしまうから。

そう、私は休みはとにかく人に会いたくなかった。

「やっと、人に気を遣わずに過ごせる!!」というのが、連休前の金曜日の感想でした。

人に会うのは今も疲れますが、当時は本当に苦痛でした。(なのに営業という意味不明さ)

聞きたくもない話に愛想笑いして。自分の話など怖くてできなくて。

「つまらなそうに見えて悪く思われないか」「失礼なことをしてないか」「言葉を間違えて勘違いされやしないか」とビクビク怯えて。

そんな針の筵のような平日が、やっと!やっと!小休止を迎えたぞ~!!やったー!!

という感じでした。笑

 

そして金曜の夜、カーテンも閉め切り、PCだけつけて電気も真っ暗にして、独りきりで飲み始めます。

飲んでは気絶・飲んでは気絶・たまに吐いてトイレに籠って・また飲んで気絶

気がついたら、もう連休も最終日。

 

「ああ、また明日から地獄の日常がはじまるのか…」

 

と思って最後の瓶を空けながら、さめざめと泣いて最後の夜も気絶するまで飲んでいました。

 

断酒していると「人といるのもいいかな」と思えてきた

こんな鎖国状態の私も、今は少しずつですが、人に本心を打ち明けたり、人の話を聞いたりすることが、いいことなのかもな、と思うようになりました。

それは断酒会に行き始めてからでした。

会社を懲戒解雇されかけ、運よく首の皮一枚繋がって戒告処分で済んで、それから悔しさと恨みで1年3ヶ月飲まずにいられていました。

しかし、転勤して環境が変わり、周りから懲戒処分をネタに馬鹿にされたり揶揄されたりしたことに負けて一度スリップしてから、もう自分の力ではどうしようもなくなりました。

妻に教えてもらって病院に繋がり、初めて断酒会に出席した時、私は生まれたての小鹿のように震えながら中を覗き込むような心境でした。

「もう、情けないけど自分の力だけでは、どうしようもない」

「でも、こんな人生の落伍者の集まりに参加するまでに落ちぶれてしまった」(超失礼)

「どうせやめたって、もう俺の人生は終わったも同然なんだ」

「これからは、今までの情けない自分を罰しながら、日陰で一生謝りながら生きていくんだ」

そんな気持ちで覗いた断酒会場の椅子に、ちょこんと仲良く座っている老夫婦がいらっしゃいました。

Kさんご夫婦は、旦那さんが依存症者本人で、奥様が酒害者家族でした。

口を開いたKさんの酒歴はそれはそれはすさまじいもので、警察沙汰・刃物も出てきて、留置所もバンバン入っているという、私が足元にも及ばない(と当時は勘違いしていた)ものでした。

そんな酒害を盛大にまき散らしてから、断酒を志し、以来30年近く断酒しているというではありませんか!

3:30に寺を訪ねて仕事前に4時間の座禅を組み、仕事終わりにまた深夜にかけて4時間の座禅を組み、それを毎日!10年続けたそうです。

そのエピソードを話す傍らで、やわらかい笑顔を浮かべている奥様。

比喩ではなく殺し殺されかけた修羅を乗り越えたお二人が、

「今は、断酒していて幸せです」

とおっしゃる姿が、私には太陽よりも眩しかった。

こんな未来があるのか、こんな未来もあるのか!

なら、もう一回頑張ってみよう。

こんな未来があるのなら、もう一回、覚悟を決めて『生きて』みよう!

この出会いが今も私を支えています。

 

断酒会って、本当に不思議なところです。

みんな言いっぱなし・聞きっぱなし。

終わったら特に感想を言い合うでもなく

「おつかれっしたー」と思い思いに散っていきます。

でも、心が・魂が、触れ合った実感があります。

お互いにあえて何も言わなくても「私たちは仲間だ」という共通認識が産まれます。

それは、私にとって素のままでいられる、とても安心できる空間であります。

言い訳やキレイごとを全部なくした生の感覚を話すことができる、数少ない私の居場所。

そうして自分のそのままを話すことで、私はヒトの魂に触れることができる。

そのままを聞くことで、自分の魂に触れることができる。

ああ、だから皆、あんなに人に会うと嬉しそうだったのか!

だから今、私はこんなに涙が出るほど、人に会えて、人に会うだけで感謝されることが嬉しくてたまらないのか!

と、最近は「人と会ったり話したりするのも悪くないんじゃないかな」思うのです。

 

数年前のGW、酒瓶を抱えて映画やニコニコ動画を観ながら、さめざめと泣いていた当時の俺に教えてあげたい。

「そんなに、他人は痛みばかりを与えてくる存在じゃないよ」

「自分も他人もそのままに触れ合えれば、こんなにも癒されることはないよ」と。

 

夢に出てきた恩師が思い出させてくれた昔ばなし

東北に赴任していた時、とてもお世話になった整形外科のO先生が昨夜、夢に出てきました。

「元気にやっとるかね」

「はい、先生にお世話になっていたときよりも、ちゃんと真剣に生きてますよ(笑)」

「そうかい、そうかい。せっかく生きてるんだから、やりたいことやって精一杯全力で生きんとね。」

「そうですね。当時は先生がおっしゃっている意味が分かってませんでしたよ。」

「そうだろうと思ったよ(笑)。」

先生はご存命なので夢枕に立つという表現は正しくなく、「おい!まだ勝手に殺すなよオイ!」と怒られそうですが、久々に夢ででもお会いして今朝は嬉しかったですよ、先生。

 

O先生のご専門は「筋ジストロフィー」で、国立病院勤務にも拘らず患者さんやご家族のために休日も個人的に動くなど、本当に日夜奮闘していらっしゃる、それはそれはエネルギッシュな先生でした。

■「筋ジストロフィー」とはどのような病気ですか?

筋ジストロフィーとは骨格筋の 壊死 ・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称です。筋ジストロフィーの中には多数の疾患が含まれますが、いずれも筋肉の機能に不可欠なタンパク質の設計図となる遺伝子に 変異 が生じたためにおきる病気です。遺伝子に 変異 が生じると、タンパク質の機能が障害されるため、細胞の正常な機能を維持できなくなり、筋肉の 変性 壊死 が生じます。その結果筋萎縮や脂肪・ 線維化 が生じ、筋力が低下し運動機能など各機能障害をもたらします。

引用:難病情報センター:筋ジストロフィー(指定難病113)

 

 

当時小児(5歳から7歳くらい)で発症した患者さんだと、その地域ではだいたい20歳代で亡くなるケースが多く、先生はそうした若年の患者さんとそのご家族を多く担当してこられました。

私は先生のご専門を調べ、営業として毎週訪問していたわけですが、筋ジストロフィーの話になるといつも悲しい気持ちになってしまいました。

 

たぶん暗ーい顔をしていたんでしょう。

ある日、先生が言いました。

「君は、『筋ジストロフィーの患者さんって可哀想だな』と、思っているね?」

「はい、だって20歳までしか生きられなくて、全身も思うように動かないなんて…」

言葉に詰まる私に、先生は笑いながら言いました。

「それはねぇ、偏見だよ。君の。」

私はその言葉を聞いたとき、背中からドッと冷たい汗が出るような、心臓を握りしめられるような心地がしました。

それは、真実を言い当てられたときに胸に突き立てられるあの独特の感覚でした。

先生の言葉は氷柱のような鋭さで私を貫きました。

「偏見…ですか…」

「そう。だって、可哀想な人生かどうかは、その人自身が決める事だろう?

君が決める事じゃない。君の物差しで決められることじゃないし、測れることじゃない」

「君の物差しで、勝手に可哀想だと決めつけるなんて、非常に無礼なことだろう?」

穏やかに笑いながら先生が放ってくる言葉に、私は顔から火が出るくらい恥ずかしい気持ちでした。

 

先生によると、患者さんもご家族も

『自分たちに与えられた運命を覚悟して真剣に生きている』ということでした。

 

「この子とは20年しか一緒にいられない」

ではなく、

「この子といられるこの20年を全力で楽しもう!」

という輝きを放っている、私はそれに何度も救われてやっと医者できている、とおっしゃっていました。

それは、魂の輝きだ、と。

 

それを思い出すにつけ、

私はいま、ちゃんと与えられた運命を受け容れて、

全力で、真剣に、覚悟して生きているだろうか? と思うのです。

 

アルコールに溺れて様々な人を傷つけ迷惑をかけ、

早期に昇進してマネジメント層になることを期待されて転職してきて

最下層まで降格され、懲戒処分まで受けて、いつクビになってもおかしくない。

 

だから、可哀想か?

否。

それは、もうどうしようもないこと。

罪を悔い改めて、償いながら、前を向いて生きていくしかない。

そう、もうやってしまった罪は消えない。

もはや、私にはコントロールできない、動かしようもない、仕方がない事実なのです。

 

私がこれまでやってきたことや生きてきた道は、

他人から見れば

「自業自得」「身から出た錆」と思うかもしれない。

「もう終わったな」「負け組で可哀想」と思うかもしれない。

 

私にとっては、受け容れるべき「私の人生」という運命なんだろうな、と思います。

私の運命そのものは、恥ずかしいことでも、可哀想なことでもない。

20歳まで生きる運命を背負ってこの世に産まれた筋ジストロフィーの子が、

決して『可哀想な人生』などでは無いのと同じように。

 

テニスクラブで知り合った、重症筋無力症の娘さんを授かった女性が、朗らかに笑いながら言っていました。

「〇〇ちゃんがせっかく産まれてきてくれたのに、『どうして』とか『なんで私の娘だけ』なんて、嘆いている時間がもったいない。私たちに神様が与えてくれた時間をもう、精一杯思いつく限り楽しむ!それっきゃないでしょ!だって、私たちはもう、そうでしかないんだもの!

この人の笑顔は本当に美しいなと思った記憶があります。

 

奇しくも、やはり先生もおっしゃっていたのでした。

「君にはしたいことがあるかい?ちゃんと、『生きている』かい?」

「せっかく生きているんだから、生きている間に好きなこと・したいことをするしかないよ、君。そんな浮かない顔している間に、どんどん時間が過ぎていく、それは実にもったいないじゃないか」

「どう生きるかは、君自身が決めて、君が思いっきり精一杯思いつく限りの楽しいことや成し遂げたい事をやりつくすことだよ。そうやって楽しむために、今、まさに君は息をしているんだよ。」

「私も患者さんに教えてもらったんだけどね。どんなに欠けていたって、どんなに悔やんだり羨んだって、もう、君も僕も、そうでしかないんだから、そのまま限界まで燃えるように楽しむこと以外、やるべきことは一つもない。

 

先生、今は少しちゃんと『生きている』気がしますよ。

 

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【依存症】頑張って断酒してきたのに長期連休でくじけそう…そんなあなたにおすすめの漫画

こんにちは、ちあき です。

連休が続くと、時間がある→いろいろ考えてしまう→マイナス思考に陥る→飲酒欲求↑という負のサイクルで、どうしてもスリップ(再飲酒)しやすくなります。

家族がいる場合は抑止力になってくれますが、独りで断酒している方などは、誰も見ていないから、という悪魔のささやきが聞こえてきてしまいます。

そんなときに、おすすめの漫画があるので、今日は紹介させてください。

 

その漫画は「はじめの一歩」

作者:森川ジョージ 先生

■作品概要 (wikipediaより)

母子家庭いじめられっ子であり、釣り船屋を親子で支えている主人公・幕之内一歩が、プロボクサー鷹村守との出会いをきっかけに鴨川ボクシングジムに入門。「強いとは何か?」という問いの答えを求め、プロボクサーとして、また人間としても成長していく過程を、周囲との交流やライバル達との戦いを通じて描いてゆく。主人公のみならず脇役である仲間やライバル達の戦いも詳細に描いている点が特徴的であり、作者は「登場人物全員が主人公です」とコメントしている。

登場人物の多くにボクシングの歴史を彩った実在選手の姿が投影されている。作者自身も実際にボクシングジムのオーナーで著名なプロボクサー達と親交があり、『週刊少年マガジン』誌上でも若手を応援するコメントなどを載せている。

ボクシング漫画の金字塔ともいうべき、有名な漫画ですよね。

非常に長いストーリーのなかで「この戦いがすごく断酒の励ましになる!」というエピソードを独断と偏見で選び紹介していきます。

 

①戦後編 鴨川源二 vs ラルフ・アンダーソン

原作45~46巻(鷹村VSホーク戦直後)、アニメ第3期「Rising」の第22~25話(鷹村VSイーグル戦直後)までが該当します。

 

 

敗戦国となった日本、「拳闘」が主流だった当時。
階級が上のアメリカ人に、親友の敵討ちで試合を申し込み、挑みます。
日本人、特に若者に、この話を読んでほしいです。
こんなどん底から、我らが祖先は今の日本を創り上げたのです。
それが、どれだけ“強い”ことだったか。
目頭が熱くなります。
この試合は、私が「断酒を貫く」意思の具体化したイメージであり、今も精神的支えになっています。
どんな障害さ あろうと
初志を貫徹する・・・鉄の意志
意志を貫くためには
何も恐れない
死ぬことになろうが恐れはしない
何も恐れない
すなわち「勇気」!!
それがヤツの武器だニ!
体格的にも階級が一回り上のラルフに何度も上から右を食らいながら
絶対に折れない鉄の意志で耐え、ボディを狙う試合展開は圧巻です。

②宮田一郎 vs アーニー・グレゴリー

原作36巻~37巻までが該当します。

 

カウンターを持ち味とする「雷神」宮田一郎。

逆に左のジャブを意図的に出すアーニーの作戦にまんまとハマり、カウンターを誘われてボコボコにされます。

自慢のカウンターをコケにされ、プライドをズタズタにされ、自慢のスピードも地に落ち、体力も残り少ない…

精神的にも肉体的にも追い詰められてしまいます。

もう慎重にやっても無理、負けるなら玉砕覚悟で手数を出すしかないか…と、

半ば自棄になる一郎に、セコンドの父が言う名言が心に響きます。

振り回してラッキーパンチを狙うか!?

お前のことだ。自分の状態がどれほどかよく理解しているだろう

クレバーと言われているが その実 誰よりも気が強い

煮え切らない判定よりまず玉砕を選ぶ

最近になってわかったコトがある

何十年もボクシングにたずわさってようやく気づいた

無論 現役の時には納得できなかったが…

ボクシングに ラッキーパンチはない!!

結果的に偶然当たったパンチにせよ それは…

練習で何百何千と振った拳だ

その拳は『生きている』のだ

試合を投げて適当に振ったパンチなど決して当たらん

当たったとしても死んだ拳では人は倒せん

現役の時 ラッキーパンチに泣かされ嘆いた時もある

しかし それは間違いだった

選手を育てる立場になってようやく気づいたよ

ある者は名誉のため ある者は金のため

様々な理由のために 辛い練習を耐え抜く

何千何万とサンドバッグを叩き

思いのたけ全てを両の拳にこめる

最後の最後まであきらめない

そういう生きた拳こそが

奇跡を産むのだ!!

断酒をしていても、くじけそうになるときがあります。

もうしんどいし、自分が大切にしていたものも無くなったし、

いいじゃんもう…と思うとき。

約束を果たすために、成し遂げたい思いのために、今まで血反吐を吐きながら頑張ってきたのではなかったか。

困難を突破し、理想を形にする『生きた拳』。

断酒でも同じで、最後の最後まであきらめない『生きた魂』こそが、飲むことをやめられない病気にもかかわらず酒を断つという一種の狂気ともいえる「断酒」という奇跡を産みます。

 

 

③鷹村守 vs ブライアン・ホーク

原作では43巻~44巻、アニメで2期「NewChallenger」の21話~24話が該当します。

作中でも最も評価されてる試合の一つともいわれています。

 

 

急遽決まった世界戦。

この鴨川会長の名言はこの試合の前に鷹村に放った言葉です。

努力したものが全て報られるとは限らん。

しかし!

成功した者は皆すべからく努力しておる!

厳しい減量に耐え、鷹村は試合に臨みますが、死闘を極めます。

しかし、本当に苦しい最後の場面で支えになるのは、「ボクシングにだけは…ウソつきたくねぇんだ」と言い、毎日毎日サンドバッグを叩き走り込み、何千何万とミットを叩いた鷹村のバックボーン。

倒れてたよ……

きつかった……

支えがなきゃ、倒れてたよ。

ずっと、支えててくれたんだな。

やっと、わかったよ

鷹村のこのセリフで泣きました。

本当に苦しくて何度も倒れそうになっているときに力をくれるのは、支えてくれる仲間たちの存在、というところが、断酒会やSNSの皆さんとの繋がりを彷彿とさせます。

④幕之内一歩 vs 千堂武士

日本フェザー級タイトルマッチで、チャンピオンの千堂に幕ノ内が挑みます。

ハードパンチャー同士の「LALLAPALLOOZA(ララパルーザ、“地鳴り”の意)」と冠した試合名通りの凄まじい攻防は必見です。

 

 

ガードの上からでも一歩の鼻から出血するほどのハードパンに一歩は前のめりに崩れ落ちるダウンをとられます。
もう寝てしまえば楽になれる…。そう考える一歩。
何を考えてるんだ 僕はー!!

これじゃあ あの時と同じじゃないか!

あの時と 同じ想いを またしたいのか!?

伊達さんに負けてから 鍛えに鍛えたんだ

ボクはあの時と同じじゃない!!

同じじゃない!!
一度スリップしたことのある人なら、この言葉はすごく響くんじゃないでしょうか。
あのときと同じ思いをしないために
対策を立てて、苦しくても頑張ってきた。
昔の自分と同じじゃない!
同じ後悔をもう二度としたくない!
そういって立ち上がる一歩の姿に、私は断酒から立ち上がる仲間の背中を見る気がします。
いかがでしたか?
もし興味があったら読んでみてくださいね。
強くなれ!
おれたち!

 


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【メンタル】リーガル・ハイに学ぶ『闘う』ということ、『生きる』ということ。

こんにちは、ちあき です。

突然ですが、「リーガル・ハイ」というドラマをご存知でしょうか?

私はこのドラマが「結婚できない男」という阿部寛主演のドラマと同じくらい好きで、たまに録画したのを見返したりしています。

なぜ好きか?

私に考え方がすごく似ているからです。

承認欲求や不安や怒りや恐れで、生き方がぶれそうになったとき、主人公である「古美門研介」の言葉は、日和った腑抜けの私の胸を穿ちます。

今日はそんなお話。

 

「リーガル・ハイ」ってどんなドラマ?

2013年12月18日(水)に放送終了した、フジテレビのドラマです。

番組紹介

偏屈で毒舌な上に気分屋で超わがままだが、なぜか憎めない堺雅人演じる古美門と、社会正義の使命に燃えるが、かたくなで融通の利かない新垣結衣演じる黛という凸凹コンビに、岡田将生演じるまったく新しい世代の弁護士・羽生を加え、さらにパワーアップした『リーガルハイ』。視聴者の方々からの熱狂的な支持と、続編を切望する声に応える形で、凱旋を果たす「弁護士ドラマ」史上最も笑える極上のリーガルコメディに乞うご期待。

出演者

古美門研介…堺雅人
黛真知子…新垣結衣
羽生晴樹…岡田将生

安藤貴和…小雪

加賀蘭丸…田口淳之介
本田ジェーン…黒木華
磯貝邦光…古舘寛治(※本来の舘の字は、偏が舎)
☆☆
三木長一郎…生瀬勝久
沢地君江…小池栄子
井手孝雄…矢野聖人
☆☆☆
服部…里見浩太朗

スタッフ

【脚本】
古沢良太
(映画「三丁目の夕日」シリーズ 映画「キサラギ」 『相棒』 『外事警察』 『ゴンゾウ』など)

【企画・プロデュース】
成河広明
(『ラストホープ』 『遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル~』 『ストロベリーナイト』 『謎解きはディナーのあとで』 『絶対零度』シリーズなど)

【プロデュース】
稲田秀樹
(『家族ゲーム』 『アンフェア』 『ジョーカー 許されざる捜査官』 『薔薇のない部屋』など)

【監督】
石川淳一
(『遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル~』 『ストロベリーナイト』 『謎解きはディナーのあとで』 『ジョーカー 許されざる捜査官』など)

【制作協力】
共同テレビ

【制作著作】
フジテレビ

楽曲紹介

【主題歌】
「SLY」RIP SLYME

【オープニングテーマ】
「Re:」9nine

 

 

伝説の第9話 と 堺雅人の驚愕の演技力

そんな破天荒なリーガルコメディ「リーガル・ハイ」1期の第9話は、

「神回」として、伝説となっています。

第9話「恩讐の村人よ…美しき故郷を取り戻せ!!」 あらすじ

古美門(堺雅人)黛(新垣結衣)は、東京地方裁判所で女性霊媒師(千葉雅子)の弁護をしている。

原告の浜村(古澤裕介)は、女性霊媒師に合計500万円近くも支払ったにも関わらず、見合いは失敗続きで恋人ができないと訴える。

いつもの弁舌で浜村の訴えを退け、女性霊媒師に勝利をもたらす古美門。その様子を老人たちが見つめていた。

法廷を後にする古美門と黛。

そこに現れたのは、春夫(二瓶鮫一)、譲二(丹古母鬼馬二)ら老人たち。

譲二は突然、古美門に土下座をし、「俺たちの村をお助け下さい」と懇願する。

事務所に戻り、老人たちから話を聞く古美門。

彼らは南モンブラン市という、昔は絹美村と呼ばれていた山々に囲まれた美しい集落の出身。

必死な反対運動にもかかわらず、5年前に仙羽化学という大企業の化学工場ができてから、住民に健康被害が出ており、裁判で戦うために古美門の元を訪れたという。

大企業相手の公害問題訴訟、さらには顧問弁護士が三木(生瀬勝久)ということもあり、これまで依頼した弁護士には全て断られていた。

依頼を受けた古美門は、絶対に勝てない裁判だと断言し、老人たちの依頼をきっぱりと断る。

古美門特有の毒の効いた断り方に唖然とし、怒って席を立つ老人たち。

いつもの通り、黛がひとり南モンブラン市に赴くことに。

非協力的な古美門を批判する黛だったが、古美門はこの依頼を受けることができない深い理由を抱えていた・・・。

 

 

詳しくはぜひ本編をご覧いただきたいのですが、

まあいろいろあって、裁判は苦しいものになります。

仙羽化学は、系列会社のホテルの支配人を通じて訴訟側の老人を懐柔する作戦に出ます。

仙羽化学の代表取締役社長池部拓郎(神保悟志)自らが出向いて、
和解金として、2000万円支払うといい、商品券10万円を羊羹つきで配ります。

しかし、古美門は、ホテルの支配人の寝返りを写真をばらまいて指摘し、追い返します。

徹底抗戦の構えを崩さない古美門ら弁護士に対し、村人達は、2000万円あれば一人頭100万円、工場の誠意が知れればいい、和解を受け容れるのはどうか?、と言い出します。

「この世に金より大事な物がありますから」と。

大企業側の懐柔作戦に翻弄され、闘いを意気込んでいた村人たちは、「やっぱり辞めようかな…」と弱気になりだしたのです。

 

その様子を黙って聞いていた古美門でしたが、ついに村人たちに口を開きます。

 

素晴らしい!

皆さんのお考えに感服いたしました。さすがふれあいと絆の里だ。

それではそのように手続きしましょう。黛君、あとは頼んだ。さようなら。

 

(黛:先生これでいいんですか?)

いいんだよ。彼らが良いと言ってるんだから。ですよね?皆さん。

 

(村人:ええ、この世には金よりも大事なものがありますから。な!)

見たまえ彼らの満足そうなこの表情を。

ズワイガニ食べ放題ツアーの帰りのバスの中そのものじゃないか。

黛君よく覚えておきたまえ、

これがこの国の馴れ合いという文化の根深さだ。

人間は長い年月飼い馴らされると

かくもダニのような生き物になるのだよ。

 

(村人:何!?俺たちのこと言ってんのか)

 

他に誰かいますか?

自覚すらないとは本当にうらやましい。

コケにされているのも気づかないまま墓に入れるなんて幸せな人生だ。

 

(村人:あんたちょっとひどいんじゃないか?)

 

申し訳ありません

最初に申し上げたとおり

皆さんのような惨めな老人共が大っ嫌いなもんでして。

 

(村人たち:おい若造、お前何なんだよ!お前そんなに偉いのか!そうよ!目上の人を敬うってことがないの!?私たちは君の倍は生きてんだ!)

 

倍も生きていらっしゃるのに

ご自分のこともわかっていらっしゃらないようなので

教えて差し上げているんです。

いいですか?

皆さんは国に見捨てられた民、棄民なんです。

国の発展の為には年金を貪るだけの老人なんて無価値ですから、

塵取りで集めて端っこに寄せて、

羊羹を食わせて黙らせているんです。

大企業に寄生する心優しいダニ、それが皆さんだ!

 

(村人:てめえだってダニに寄生してる黴菌じゃねえか!あたしたちの何が気に入らないの)

 

かつてこの地は、一面に桑畑が広がっていたそうですよ。

どの家でも蚕を飼っていたからだ。

それはそれは美しい絹を紡いだそうです。

それを讃えて人々は、いつしかこの地を絹美と呼ぶようになりました。

養蚕業が衰退してからは稲作に転じました。

日本酒に適した素晴らしい米を作ったそうですが、

政府の農地改革によってそれも衰退した。

その後はこれといった産業もなく、過疎化の一途を辿りました。

市町村合併を繰り返し、補助金でしのぎました。

五年前に化学工場がやってきましたね。

反対運動をしてみたらお小遣いが貰えた。多くは農業すら放棄した。

ふれあいセンターなどという中身の無い立派な箱物も建ててもらえた。

使いもしない光ファイバーも引いてもらえた。

アリガタイデスネー。

絹美という古臭い名前を捨てたら

南モンブラン市というファッショナブルな名前になりました。

なんてナウでヤングでトレンディなんでしょう。

そして今、土を汚され、水を汚され、病に冒され、

この土地にももはや住めない可能性だってあるけれど、

でも商品券もくれたし、誠意も絆も感じられた。

ありがたいことです。本当によかったよかった。

これで土地も水も甦るんでしょう。

病気も治るんでしょう。

工場は汚染物質を垂れ流し続けるけれど、

きっともう問題は起こらないんでしょう。

だって『きずな』があるから!

 

(村人たち:うあーっ。はなせー!てめえなんかーぶっ殺してやる!。あんたなんかに、俺たちの苦しみがわかってたまるか!俺たちだってあんたの言ったことぐらい嫌というほどわかってる。みんな悔しくて悔しくて仕方ないんだ。だけど、必死に気持ちを押し殺して納得しようとしてるんじゃないか!)

 

なぜ?

 

(村人:なぜ?)

 

ゴミクズ扱いされているのをわかっているのに、

なぜ納得しようとしてるんです?

 

(村人:俺たちはもう年寄りだし)

 

年寄りだからなんなんですか?

 

(村人:具合が悪いのにみんな頑張ってきたんだ)

 

だから、なんだってんだーッ!!!

だからいたわってほしいんですか。

だから慰めてほしいんですか。

だから優しくされたらすぐに嬉しくなってしまうんですか。

先人たちに申し訳ないと、子々孫々に恥ずかしいと思わないのですか。

何が南モンブランだ。

絹美村は本物のモンブランより遥かに美しいと

どうして思わないんですか!

誰にも責任を取らせず、見たくないものを見ず、

みんな仲良しで暮らしていければ楽でしょう。

しかし、もし、誇りある生き方を取り戻したいのなら、

見たくない現実を見なければならない。

深い傷を負う覚悟で前に進まなければならない。

『闘う』ということはそういうことだ。

愚痴なら墓場で言えばいい!

金が全てではない?

金なんですよ。

あなた方が相手に一矢報い意気地を見せ付ける方法は、

奪われたものと踏みにじられた尊厳にふさわしい対価を

「勝ち取ること」だけなんだ。

それ以外に無いんだッ!

 

ニシキノハルオさん、あなたは元郵便局長だ。

幾度となく閉鎖されそうになった村の郵便局を最後まで守り抜いた。

モリグチサブロウさんは小学校の校長先生。村にいた子供たちはみんなあなたの教え子だ。

奥さんのヒサコさんは町のデパートの化粧品売り場で月間売り上げの記録の保持者。

ゴウダジョウジさんは実に100ヘクタールもの田畑を開墾した。

カワタサトコさんとご主人は田んぼをやりながら日雇いの仕事をいくつもいくつも掛け持った。

トミタヤスヒロさんは商店街の会長。毎年祭りを盛り上げて、あのクリスタルキングを呼んだこともある。

イタクラハツネさんは女だてらにクレーン車を動かし、六人の子供を育て上げた。

 

敗戦のどん底から、

この国の最繁栄期を築き上げたあなた方なら、

その魂をきっとどこかに残してる!

 

…はずだと期待した私が愚かでした。

いいですか?

二度と老後の暇つぶしに私を巻き込まないでいただきたい。

心優しいダニ同士

お互い傷を舐めあいながら穏やかに健やかに

どうぞくたばっていってください。

それではみなさん、さようなら。

これをワンシーンで言い切れるなんて、すごすぎません?

堺雅人さんの演技力には唯々感服するばかりです。

 

闘うとは何か?生きるとは何か?

生きていると、実に様々なことが起こります。

理不尽なこともあれば、因果応報、やったことが自分に返ってくることもあります。

アルコール依存症になって、アルコール問題が原因で会社から戒告処分を受け、いつ首になってもおかしくない。

給料がなくなったら、養う家族もいるし、大企業の力にはかなわないし、断酒しながら仕事するだけでしんどい。

雇ってくれているだけ有難いんだから、せいぜい頭を低くして日の当たらない場所で謝りながら生きていきましょう。

はぁ?ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ?

 

生きづらさからお酒に逃げて、自分も他人も粗末にして、たくさんの人に迷惑をかけたし、自分の首も絞めた。

だから、なんなんだ?

だから、首を垂れて生きるのか?言い訳しながら、過去を悔いて愚痴ばかり小声でつぶやきながら一生を終えるつもりか、お前は?

冗談じゃない、冗談じゃないぞ! おい、ちあき、コノヤロウ!

お前はまだ生きているじゃないか。

まだたった30年と少ししか、生きていないじゃあないか。

「自分は何回か失敗したんで」って愛想笑いしながら、もう場末に引っ込むつもりか?

まだ早すぎるだろ! まだやれることあるだろ!

もっと失敗してもっといろいろトライする権利があるのに

それを唯一決められるお前が真っ先に諦めてどうすんだよ?

 

惨めに傷を舐めあって生きていくなら、

3年前に自殺を考えたときお前はなぜ、あのとき早めに死を選ばなかった?

生きたかったからだろう?

生きると決めたからだろう?

闘いを諦めるための言い訳に、己の無能さを使うな。

生きると、生きて闘うと決めたんだから、最後まで闘えよ。

どんなに惨めでも、どんなに苦しい闘いでも、決して、自分にだけは負けないと誓ったじゃないか。

だから今があるんじゃないか。

それを忘れて、見たくないものを見ず、聞きたくないことを聞かず。

逃げてるんじゃねーよ。

 

という、自問自答を思い出させてくれます。

生きる、とは、『己と己の人生を闘う』ということ。

 

 

誰にも責任を取らせず、見たくないものを見ず、

みんな仲良しで暮らしていければ楽でしょう。

 

しかし、もし、誇りある生き方を取り戻したいのなら、

見たくない現実を見なければならない。

深い傷を負う覚悟で前に進まなければならない。

 

『闘う』ということはそういうことだ。

愚痴なら墓場で言えばいい!

 

私には、日和ったときこの言葉がすっごく響くのでありました。

 

まとめ:「せっかくの命なんだから闘いましょうよ、誇りをもって生きていきましょうよ」と私は自分に言いたい

愚痴は墓場で言うとして、せっかく数十年の奇跡を両親のおかげでもらえたんですから、私たちは生まれた時点でボーナスタイムというか、すごい確率で宝くじに当選したみたいなものなんだと思うので、楽しまなきゃ損だし、せっかく生まれたんだから闘って闘って闘って、力尽きるときは前のめりに倒れて死にたいな、と思っています。

せっかくの命なんだから、どんな人でも、どんな失敗をした人でも、尊厳をもっていていい。

それを脅かす状況や相手には、一歩も引かず、徹底的に闘う覚悟を持つ。

そんな不器用でも熱い生き方は、何かを産むはずだと信じて、今日もぴくぴく瞼を愛でながら仕事しようと思います。

ではまた。


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【メンタル】嫌われる正論とは

こんにちは、ちあき です。

自分が嫌いで凹んでます。

人と接すれば接するほど、私は私が嫌いになるようです。

今日はそんな暗い話です。

 

月曜日

私のもとに会社の上司からのメールが来ました。

「ゴルフコンペを断ってください」

という内容でした。

理由は

「前後に長期有給休暇を取得しているから、前後の活動ができないから。」

と書いてありました。

私は、それは正しくない、と訂正しました。

「長期有給休暇を取っているからといって業務であるイベント参加を断る公式な理由にはならないし、休暇を理由に業務上の指示を出すべきではありません。しかも前後の活動ができるように工夫して休みを調整しているので、前後の活動は可能です。」と述べました。

上司は「活動というより事故した時に良くないし。ていうかゴルフを営業に使うのはやめてくださいね。お付き合いですから。」と言ってきました。

「事故のリスクが理由ならある程度納得できますが、当初提示した理由は納得できませんし、私はゴルフコンペを楽しいと感じたことなど一度たりともありません。お付き合いが会社のルール上出来てしまうから仕方なく応じているだけであり、使いたくないのは私も同じです。断っても評価を下げないかむしろ評価する、という会社からのオフィシャルな見解と文章があれば別ですが、それも無しに口頭で断れと言われても、実績低下のリスクが0ではない以上担当者としては了承しかねます。私が事故した場合のリスク管理の観点から私が出るべきではない、というのは納得なので、代役を立てて参加でよろしいですか?」

と述べたところ、

「じゃあそれでいい」

と苦虫を噛み潰したような顔で吐き出すように言われました。

じゃあ、って何が?

すごくイライラしました。

 

火曜日

私は別の事務所で毎月1回ある、エビデンスの勉強会とワークショップに参加しました。

その事務所は、クジ引きで回答者を当てていくクイズスタイルでした。

「事業所長も含めて、参加する全員が当てられるかもしれない恐怖感によって学習効率を上げたいから、この方式を採用しました。」と管理者が言っていました。

なるほどな、と思って説明を聞いていました。

私は序盤のクイズに立て続けに間違った回答をしました。

管理者が「これは重要なデータなので、間違えないでくださいよ!」と言い、皆が嗤いました。

私はひどく不愉快な気持ちになりました。

そこから身じろき一つせず聴講するようにしました。

管理者が進行途中で「空気を読みます」と言い出しくじを忖度しようとしだしたので、

「いや、別に今から空気読まなくていいですよ?先ほど私になさったように、間違えた人間を晒し者にして、皆にその恐怖を植え付け、恐怖感で学習効率を高める方針だと、冒頭おっしゃっていたじゃありませんか。その通りに運用なされてはいかがですか?

恐怖はより記憶に残りやすい、という論文を根拠にそういう運用方針になさったんですかね。

いずれにせよ、そうした手法をとることを決めた時点で、こういう殺伐とした空気になるのは目に見えていたでしょう。想定の範囲内のはずですから、今更それを理由に空気読む必要はないでしょ。」

と言いました。

私はその後当てられることはありませんでした。

質問があったので手を挙げて質問しました。

「このデータのこの薬効群のAとBの使用割合を教えていただけませんか?」と聞くと、

「その割合はテキストに書いてありませんでしたっけ?」と講師が笑いながら言ったので、

「ああ、私が冒頭のクイズに立て続けに間違ったので、『こいつはアホか予習してないかのどっちかなのに質問してるな』と勘違いされたのかもしれませんが、私は今朝5時から8時までテキストを隅から隅まで読んでからこの会議に参加しているので、このテキストに記載がないことは確認済みですし、むしろ記載がないから質問しています。

もし書いてあるとおっしゃるなら、何ページの何行目に何%だと記載されているか教えていただけますか?」

講師は「いや・・元論文には書いてありますよ」と言いました。

「いや、だからじゃあ元論文には何%って書いてあるんですか?って、聞いてるんですよさっきから。知ってるんですか、知らないんですか、どっちなんですか?」と言いました。

講師は「申し訳ありません、調べます。」と言いました。

 

嫌われる正論とは

私は妻にその話をしました。

妻は「あー、それは嫌われる正論だわ」

と言いました。

嫌われる正論とは、「正しいんだけど、それ言ったってしょうがないやん」という正論のことで、

正論とは違う、嫌われポイントは、「何もプラスを生み出さない」という点。

発言が周囲にプラスの影響を与えるなら発言には価値がありますが、何の価値も生み出さない場合は発言者が嫌われ周囲が不愉快な思いをするだけで、誰も幸せにならないのだ、だから、嫌われる正論なんだよそれは、ということでした。

 

確かにそれは正しいな、と思います。

私は小さい頃、性格が悪い、とかなんとかで、除け者にされイジメられてきたし、友人と過ごして楽しかった、という経験は恥ずかしながら経験したことがありません。

アルコールでラリって会ってときは仲間といるのは楽しいと勘違いしていましたが、前頭葉がアルコールという薬物でマヒしてそう錯覚していただけだと分かりました。

小学校辺りに、このままハブられ続けて社会から切り離され、社会不適合者のままでは生命が維持できないのではないか、と感じて、周囲に合わせて本音を言わず、それらしいコメントを模倣して発言することでコミュニティーに同調(擬態)して社会で生きる術を身につけました。

社会人になるまで過ごしてきましたが、生きている喜びは皆無でした。

妻と出会ってアルコール依存症に向き合い、自分らしく生きることの大切さに気づかされ、私が正直に思うことは別に悪いことじゃないんだ、と理解して、すこし生きるのが楽しくなってきたかも、と思える今があります。

しかし、私が考えたり発言したりすることは、悪いことではなくても、決して良いことでもないのだなぁ、となんだか最近は虚無感がすごいです。笑

結局、何もプラスを生み出さないなら、言わない方がいいんだし。

私は私らしく生きていると、自分にも皆にもプラスは生み出さない人間なんだなぁ、と。

マイナスなら生きていない方がいいじゃん、は卑屈すぎるし我ながら極論すぎかなぁと思いますけどね。笑

 

じゃあ自分らしく生きるって本当にいいことなの?

自分らしさや個性は、私は素晴らしいと思っていますし、そう思いたいです。

まぁ、なんていうか、一言で言えば、生きててずっといつも寂しいです。

見解の相違は意見をぶつければ当然起こるでしょうし、だから共通言語として科学やエビデンスがある、と考えています。

自閉スペクトラム症の私には心情を推し量ったり空気を読んだりするのが不得手なぶん、精一杯情報を共有するために一般的な程度と比較して、事実を重要視しすぎているのかもしれません。

今のところ、自分らしく生きていることが良いか悪いか?は、判断が難しいと感じています。

私の私らしさは、公共の福祉には反する気がしますが、そのまま生きたいか生きたくないか、は私が決めなくてはいけません。

自分らしく生きること自体は悪ではないが、自分と自分が所属する社会にとって必ずしも善ではないことも、あるのでしょう。

人に関わらなければ害悪ではないので、当面生きていく間は、私も悲しい思いや不愉快な思いをするのは好きじゃないので、必要最低限にとどめていこうかなと思います。

おつかれさまです。