こんにちは、ちあき です。
私たちの地域の断酒会では、「断酒の誓い」を参加者全員で声に出して読んでみる、ということを会の始まりに毎回やっています。
他の地域の断酒会はどうなんでしょうか?
私はまだひとつの地域しかしらないのですが、地域によっては断酒会のなかでもそれぞれのスタイルがあるとか。
おもしろいですね。
今日は、私たちの断酒会に参加すると配られる紙に「松村断酒語録」という53の言葉が載っていたので少し調べてみました。
松村春繁 というひと
松村断酒語録は、断酒会の創始者であり全日本断酒連盟初代会長である「松村春繁」の言葉を集めたものと言われています。
松村春繁はアルコール依存症患者です。
享年65歳(1905(明治38)年4月1日~1970(昭和45)年1月30日)。すでに亡くなっています。
後免町(現・南国市)の診療所・川田内科より紹介されて来院、下司孝麿が勤務する町田病院精神科外来を受診。1950年~1956年の6年間、高知市内帯屋町二丁目の町田病院内科に5回の入院を繰り返します。
『兄のアルコール依存症死』にも『今際の母の手が振り払った拒絶』にも『妻文子に常子の誕生』にも断酒できず、『主治医のなんともいえない顔』にこれは見捨てられては大変だと、ようやく断酒につながります。医師が医療の敗北を認め、そのとき松村に始めて断酒の意思が芽生えました。
凄絶な酒害体験を経て酒をやめたのは昭和32年、彼が52歳の時。以後65歳で亡くなるまで渾身の力で活動し、断酒会活動に身を捧げました。
昭和38年11月、全日本断酒連盟が高知で結成されたのは、彼の功績があってこそと言われており、いわば日本における『断酒会の始祖』です。
それまで日本では、アルコール依存症患者は「アル中」と呼ばれ、人格的な問題であり治らないもの、と見なされていました。その認識が偏見であることを日本中に知らしめたのが、松村春繁氏でした。
松村語録は、全国の仲間達がそんな松村春繁氏より得た、最も感銘の深かった言葉を53に集約し、以後「松村語録」として伝えています。
なお、全断連発刊の『指針と規範』は、この松村語録をもとに作成されています。
松村断酒語録
- 例会には必ず出席しよう。
- 一人で止めることはできない、無駄な抵抗は止めよう。
- 断酒に卒業なし。
- 今日一日だけ止めよう。そして、その一日一日を積み重ねよう。
- 前向きの断酒をしよう。
- 例会には夫婦共に出席しよう。
- 例会の二時間は断酒の話のみ真剣に。
- 自分の断酒の道を見出だそう。
- 断酒優先をいつも考えよう。
- アル中は心身の病気である。
- 例会で宗教や政治の宣伝をしてはいけない。
- 酒害者の最大の敵は自分自身であり酒ではない。
- 自信過剰は失敗のもと。
- 失敗したらすぐ例会へ。
- アル中は一家の病気である。
- 断酒会は、酒害者の酒害者による酒害者のための会である。
- 酒害者は酒のため墓場へ行くか、断酒会で酒を断つか二つの道しかない。
- 会員は断酒歴に関係なく平等である。
- 自覚なき酒呑みの多い中で入会された勇気に敬意を表する。
- 断酒会員には普通の人より何か優れたところがある。
- 節酒は出来ないが断酒は出来る。
- 飲酒に近づく予防のため自己の酒害を常に認識しよう。
- 酒害者に対する奉仕は自分の断酒の糧である。
- 仲間の体験をよく聞き、自分の断酒を再確認しよう。
- 家族、同僚の協力を得るために、絶対飲んではいけない。
- 断酒会に入会すること。
- 最初の一杯に口をつけないこと。
- 時間励行。
- 仲間に励ましの手紙を書こう。
- 全国組織の拡大につとめよう。
- 厳しさのないところに断酒なし。
- 実践第一。
- 他力による断酒ではなく、自力、自覚の上に立つ断酒であること。
- 失敗しても悲観するな、成功への糧とせよ。
- 消極的だが初心者は酒席に出ないこと。
- 姓名を堂々と名乗り、断酒会員であることを明確にせよ。
- 各人の性格の相違を認め、各人が自らの体験を通じて体得せよ。
- お互いが欠点や失敗を話し合って、裸の触れ合いが出来るように努めること。
- 酒の奴隷になるな。
- 断酒会員であることを誇りに思え。
- どんなことがあっても会から離れるな。
- 条件をつけて断酒をするな。
- 酒害者の最後の一人までも残すな。
- 素直な心で話を聞こう。
- 一年半したら会の運営に参加しよう。
- 私の屍を乗り越えて断酒会を益々発展させて下さい。
- 一県、一断酒会。
- 会員は人に疑われるような場所に行くな。
- 初志貫徹。
- 君と僕は同じ体質だ。断酒するより他に生きる道はない。
- 語るは最高の治療。
- 例会は体験発表に始まり体験発表に終わる。
- 聞くは最高の治療。
引用:公益社団法人 全日本断酒連盟 ホームページ
いかがだったでしょうか。
この語録、その時々、回復の段階で心に響く箇所が変わるような気がするので、おもしろいです。
今見返してみても、「そうだなー」と思うことは変化しているように感じます。
スリップして打ちひしがれていたとき目に飛び込んできたのは、
「一人で止めることはできない、無駄な抵抗は止めよう。」だったなー、とか思い出します。笑
参考になれば幸いです。
ではまた。