【AC】「営業」は一種の「イネイブリング」かもしれないという話

私は人付き合いが苦手なのに、営業職を選び、今に至ります。

人と関わる、ということは、一生自分につきまとう課題だと本能的に感じていました。

だから、避けられない問題に目を凝らし、何とか打開するべく努力しなくてはならないと感じていたのだと思います。だからこそ逆に、営業の世界に飛び込んで極めてみなくてはどうにもならないと思っていた節があります。

売れる人に憧れ、売れるということがとても価値のあることだと感じようとしてきました。実際、資本主義経済において、モノを売ることができるというスキルは価値があると思います

しかし、ずっと違和感が拭えなかったのも事実でした。

今日はそのことについて考えてみたいと思います。

「イネイブリング」とは?

イネイブリング(いねいぶりんぐ)

依存症者を手助けすることでかえって依存症の回復を遅らせてしまう周囲の人間の行為のこと。

アルコール依存症では、それを取り巻く家族をはじめとする親しい人間が、様々な問題行動に巻き込まれます。

早い段階では、依存症者の社会生活が損なわれないように、周囲の人間がアルコール問題を小さくするよう協力・援助してしまいます。例えば「飲酒問題の後始末」「尻拭いをする」などがあります。

具体的には、飲酒による借金を肩代わりして支払ったり(親がすることが多い)、酔いつぶれているのを迎えに行ったり、酔って散らかしたり壊したものを片づけてきれいにしたり、二日酔いなどで欠勤する時に代わりに会社電話したり、などです。

このような援助を依存症者におこなっている者がイネイブラー(支え手)で、その行為をイネイブリングと言います。依存症の回復のためには依存症者本人が「どうしても飲んでいるわけにはいかなくなった」という感覚(底つき体験)をもつことが必要であり、そうなって初めて酒をやめて回復したいと思うのですが、こうした状態となるためには、イネイブラーがイネイブリングをやめ、援助のルートが絶たれる必要があります。

イネイブラーとなり得るのは、「家族・友人や上司」「牧師・神父・僧」「医者(特に精神科医)」などです。共依存者もイネイブラーです。こうした人々が行動を変えることが依存症回復の第一歩となることがあります。

出典:e-ヘルスネット(厚生労働省)

イネイブリングの関係は、夫婦、恋人、友人同士、親子、師弟、雇用関係、政府対国民など人間関係が多様であるように、限りなく多彩です。

イネイブリングは世代や性別にかかわりなく起こりますが、男性よりも女性のほうに多く見られるようです。母性本能に加えて、家族の世話は女性の役割だという社会通念が、女性のイネイブリングを当たり前にしています。また女性は、自分に人生を切りひらく力があるとはあまり思わずに、むしろ他人が自分を頼ってくれるように仕向けることで、伝統的な役割分担を乱すことなく他者をコントロールする力を得るのです。

何らかの援助を必要とする人をケアする立場にある人たちは、イネイブリングの罠にはまる危険があります。

特に、心身を病む人を世話するパートナー、親、友人、看護人などは要注意です。適切な援助とイネイブリングの間に線を引くのはなかなか難しいものです。イネイブラーはほんとうは自分の足で立てるはずの人に手を貸してしまいます。

イネイブラーは、犠牲者は自分のほうだと思いがちです。

しかし、誰かに依存されるという状態は、イネイブラー自らが選んだものに他なりません。

どこかで弱々しい依存的な人に捉まってしまい、気が付いたらイネイブラーになっていたなどということはありえないのです。

イネイブラーは誰かの世話をするように強制されたわけではありません。労力を上回る報酬が明らかにあるからこそ、イネイブラーは人に尽くします。

この社会は「善人に見える人」を賞賛します。

イネイブラーは、自分の並外れた博愛的性格だけでなく、その能力を見せつけます。他の人たちの責任まで引き受けることが出来るのは、実に格好のいいことです。こうして彼らは周囲からの賞賛を集め、うぬぼれを強めます。

~中略~

イネイブラーは自分の価値を感じるために、常に美徳あふれる人格者であらねばなりません。

そのためにはいろいろな形の犠牲が必要です。シンプルで当たり前の付き合い方では満足が得られないのです。

自分の欲求は抑えるか、あるいは無視しなくてはなりません。

対等な立場で人と交流し、理解しあっていくという誠実な道をとらないので、怒りも飲み込んでしまわなくてはなりません。

もしイネイブラーが依存者に虐待されているとしたら、自分で行動を起こさない限り、その屈辱感と傷が絡み合い、痛み続けることでしょう。

殉教者、犠牲者、そして スーパーヒーロー

—信じられないでしょうが、これらが混在しているのがイネイブラーの姿です。私たちの続けているゲームは、勝者のいないゲームなのです。

出典:「イネイブラーの本当の顔」(全国薬物依存症者家族連合会 2004年-)

つまり、「相手には本来自ら選択して失敗も成功も体験する権利があるにもかかわらず、(多くの場合自覚なく)自らが望んで世話を焼くことで、その権利を間接的にはく奪し、相手が自分に依存するようコントロールする立場を維持することで、メリット(賞賛や正しさという後ろ盾)を得ようとする人」を「イネイブラー」と呼び、そのような人が行う世話焼きを「イネイブリング」と言います。

営業のなにがイネイブリングなの?

企業のマーケティングではしばしば、市場分析と称して最も買ってくれそうな人たちを選定し、その人たちが買いたいと思うようにコントロールするための戦略を立案します。

たとえば、こんな感じです。

✔将来への不安を煽り、自分たちが提供するサービスがいかに重要か認識させよう

✔まだ気づいていない現状の問題点に気づかせる話題展開をしよう

✔抱えている課題(本人は課題と思っていない)を解決してあげよう

✔この情報を見せると買う傾向にあるから、何回もセールスポイントを強調して刷り込もう

✔この情報を見せると買わない傾向にあるから、この話題が出てきたら他社のより悪い製品の話をして相対的に良いと思わせよう

当たり前のように営業方針や全社指針に掲げられるこれらの「売るため」の戦略と戦術は、もちろんのことながら、「売り上げを最大化させることにより会社が利益を得るため」に策定されています。自分のため以外の何物でもありません。

「買った人が結果的に満足したのならいいんじゃないの?」

もちろんそうです。満足しているなら、活動した価値はあったでしょう。そのおかげで給料も払われるわけだし、会社はその利益を開発部門にまわして、より貢献できる何かを生み出すかもしれません。

その価値を否定するつもりはありません。

しかし、「コントロールして本人の意思をねじ曲げている」という点で、健全かどうかといえば決してそうではない、ということを理解したうえで実行するのと、自分たちは相手のために良かれと思ってやっているのだと盲目的に信仰して実行するのとには、大きな違いを感じるのです。

顧客が認識していないニーズは、果たして満たすべきニーズだったのか?

まず、本人が本当に望んでいるかどうかは、本人にしか判断できないことです。

その人にとって最もよいことは本人にしかわからない以上、こちらが相手の意思を確認する前にこちらの利益の最大化を念頭に置いて行うことは「余計なお節介」の域を出ません。

顧客が思い描く「ビジネスを持続的に成長させよう」という目的の背景にあるのは、自己実現をしてその結果として社会に貢献し、最終的なアウトカムとして経済的インプットを得ることではないでしょうか?

つまり、顧客が思い描くゴールが自己実現という観点から千差万別である以上、一般化はできないし、一般化できてしまったとしたら、それは売る側の都合がよい法則が見つかったというだけで、それは真のゴールではないのです。

だから、売る側本意なマーケティングやブランディングによる営業は、イネイブリングだと感じます。

誰にも彼にも売りたいと思うから、そうなってしまっていて、それが世の中を歪ませているように思います。

株式会社という組織である以上、株主総会もあるし、売上を最大化させ持続的な成長を常に対社外に対してアピールしたいのはわかりますし、それが社員の生活を守るためなんだ、というマネジメント層のいうことはわかります。

でも、私が思うのは、それだけではお金が生まれるだけで、結果的に誰も幸せにならないのではないか?ということです。

売る側も疲弊し、買う側の満足や感動は「造られた感覚」で、実に空虚です。その満たされなさ=「見ない振りをしなくてはならない本当の不満や願望」が、世の中を怒りで充満させ、他人を許せない不寛容さ(余裕のなさ)を生み、ギスギスさせているように思います。

売る必要のない人に押し売りするのは、まわりまわって最終的に社会悪なのです。

「本当に必要な人に、必要な分だけ届けばいい」

作り手や売り手は、そう願ってサービスを提供しているのではなかったのか?

「本当にこれは素晴らしいな」と感動したものに人はお金を払い、それは対等な取引関係であり、信頼関係だと思うのです。

できるだけたくさん売りたいから ではなく
もっと世の中の役に立つかもしれないから(話してみたら違うかもしれないけど)顧客が正確に価値を判断するために、私たち営業がいて、多くの人に知ってもらい、価値を感じてくれる可能性を拡げます。

営業は良さも悪さも知っている製品やサービスのプロであり、だからこそ、顧客に本当に役立つかどうか、顧客が判断するために必要な情報を届けられ、アドバイスができるという点で、存在意義があるといえます。

顧客に自らバイアスをかけるのは、詐欺師と同じだと思います。

私がいる業界では、営業のいうことは話半分に聞いておけ、というか、半分も聞いてもらえないのが当たり前になっています。哀しいですね。

私は正直、本社が策定したマーケティングの方針はやっているふりをしてすべて無視しています。絶対にむやみにマーケティング部が出した戦略や戦術を信じたりしません。必ず会社の欲とバイアスと支配的意図が含まれていて、与えられる情報はほぼ真実ではないからです。

私はただ寄り添って話を聞き、どういう姿になりたいのかを話し合っていると、顧客のほうから質問してくれるし、説明に来てほしいと言われます。そして、メリットもデメリットも正直に説明すると、勝手に買って使ってくれます。そして、使った人は納得して買っているので、とても喜んでくれています。営業成績で上位20%から漏れたことは、ここ数年ありません。だから、このやり方で今後もやっていきたいなと思っています。

イネイブリングして相手をコントロール買わせようとするから、営業という仕事が信用されなくなっているのではないでしょうか?

あくまでアサーティブに、科学的根拠に基づく事実を伝えたり、アイメッセージで「こういう可能性があると私は思う」を伝えたりするくらいしか、私たち営業ができることなどないのではないか、と思います。

サービスに関連するメリット・デメリットの正確な情報に顧客が触れられるようにすることが最も大事で、顧客が自分の意志で正確に判断ができるように、情報媒体あるいは相談役としての価値を最大化させることが、結果的に最も喜ばれ、自然な範囲で最も売れる理想像だと思います。

付き合いで買ってもらうのは、危険な共依存状態

濃密な個人的付き合いをして、友達のようになり、買ってもらおうとするといういわゆる「寝技」と呼ばれる営業手法があります。

営業は顧客に尽くし傅き、己が身を削る(プライベートや金品を差し出す)ことで、顧客に対して購入を依頼をしやすい状態を創ります。

顧客はしもべを従え金銭で人間をコントロールできる(と錯覚する)ことで、自我の肥大化による自己効力感と自己肯定感を得ています。

危険なのは、これが営業としての矜持や美徳だと勘違いしている場合です。

この手の営業をベースにして生きてきた人は、自分を粗末にすればするほど喜ばれるので、それこそが存在意義だと勘違いしやすいのです。

人に尽くしていれば相手に喜ばれ、売上が上がれば会社に褒められ、これがいいことだ、と信じて疑わなくなります。

そういう人は、その歪んだロールモデルを他人に押し付けやすい傾向があります。

なぜか?「今自分がしていることは正しいことだ」「やらなくてはならないことだ」と思いたいからです。

顧客は、相手が自分を崇め奉るのが当然と思い始め、そのような態度で接する人が信用できる人、自分を大切に思っている人で、異を唱える人間の言葉に耳を傾けなくなります。

なぜか?無条件に存在や考えを肯定される方が心地よいから。それは造られた心地よさだと気づいていても、それを自覚したくない、忘れたいからです。

この関係は、イネイブラーが依存者に虐待されているケースと同じで、実はお互いに健全な関係ではないのです。

日本は古来からこういう「お付き合い」によりお互いを縛りながら商売をしてきたからか、今もなお、苦しみの原因の一つであるこの共依存的商習慣から抜け切れません。

まとめ:必要以上に売るのはもうやめよう

今、あなたが営業職で、もし無気力になったり、得も言われぬモヤモヤに苦しんでいるとしたら、それは必要とされていないのに無理やり売ることに罪悪感や嫌悪感を抱いているのではありませんか?

必要な人に必要な分だけ届くことが最も重要なことで、それ以上に売れと会社が言ってきたとしても、それは会社が望んでいる計画数字がナンセンスなのであり、営業は何も悪くないと思います。

むしろ、不自然な売り上げを創ろうとしている会社が不健全であり、病んでいるのだと思って、心の中では放っておきましょう。

ノルマをこなせなくても、明日はきます。

売上目標が達成できなくても、死にはしません。

会社の言うことを信じていたときは、全く売れずに悩み、営業車の中で何度も涙を拭きながら訪問していました。

自分の声に耳を傾け、相手に真摯に寄り添うようにすることで、自然に信じてくれて買ってくれるようになった経験からすると、私は、自分の言葉で顧客のためを思って話したほうが、結果的に最も売り上げを最大化できると思いますし、何よりも働いていてあなたが幸せに暮らせると思います。

あなたが幸せになることが、あなたが主役のこの世で最も重要なことです。

やるべきことは、やりたいことだけです。

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