【依存症】なぜアディクトは他人の回復に過干渉してしまうのか?
他人の回復の促進(そんなことはできないが)や、メンバーとしてグループの役に立つことが、自助グループに参加する目的になってはならない。 他人に影響を及ぼすことに傾注するのは、もはや『嗜癖』だと自覚しよう。
アルコール依存症からの回復・社会福祉・家族との日々・時々キャンプ な ソーシャルワーカー ちあき の情報発信ブログ。
他人の回復の促進(そんなことはできないが)や、メンバーとしてグループの役に立つことが、自助グループに参加する目的になってはならない。 他人に影響を及ぼすことに傾注するのは、もはや『嗜癖』だと自覚しよう。
私の飲酒を、酒害を、偽りの謝罪を、拒絶してくださり、ありがとうございました。
『人事を尽くして天命に聴(まか)す』という言葉がある。 自分の全力をかけて努力をしたら、その後は静かに天命に任せるということで、事の成否は人知を越えたところにあるのだから、どんな結果になろうとも悔いはないという心境のたとえだ。 南宋初期の中国の儒学者である胡寅の『読史管見』が成り立ちである。
「オンライン飲み会」に対する懸念を、少し他人事のように考えていたことを、私は反省しなくてはならない。
「おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなしものは心なりけり」
どん底を経験して、今死なないならとにかく生きるしかない、ということで回復に向かって真剣に生きてきて、今思うこと。
「ハイヤー・パワー」 この単語を聞くと、何となく胡散臭く感じるのは、わたしだけではないだろう。「神」という単語にも、私は拒絶反応がある。
今、伝えたい人に伝えたいことが届かなくて、哀しい思いをしている人へ。
私はまだ忘れる。 私が『知らない』ということを、忘れる。
過去に次の経験がありましたか? 1、飲酒量を減らさなければならないと感じたこと 2、他人があなたの飲酒を非難するので、気に障ったこと 3、自分の飲酒について、悪いとか申し訳ないと感じたこと 4、神経を落ち着かせたり二日酔いを治すために「迎え酒」をしたこと