今回の傷つけた人は、前任地の同僚Yさんという女性です。
私がまだ酒を飲んで狂っていた頃の同僚で、最終的にはお互いに会話もしたくないということでメールでしかやり取りしなくなり、関係は完全に壊滅しました。
私は長らくこの人を、私を迫害した人として恨んできました。しかし、決してそれだけではなかったことに最近気づいたので、棚卸したいと思えるようになりました。
尊敬する人の棚卸しを聞いていて、気づきをいただいたのがきっかけです。
相手の、私に対する接し方は、アサーティブではなかったし私を傷つけるものでした。
しかし、それと同様に私も彼女を傷つけたことをここに認めます。
当時の状況
私は、酒害をまき散らしていました。
特に当時2人一組で得意先を担当していたため、私と仕事をしなくてはいけなかったYさんに、迷惑を掛けました。
朝ストゼロがキマりまくった状態で出社(Yさんとの約束に遅刻なうえに飲酒運転)し約束を蔑ろにしたりしました。とにかく時間に遅れることが多く、一切信用されていなかったと思います。そんな人を信用することは難しいことだと思います。反対の立場ならできません。
つまり、私のYさんに対する態度は、非常に不誠実な態度だったことを認めます。
Yさんの夫は、当時いた会社のパワハラ上司とその金魚の糞にいじめられていました。旦那が精神的に抑うつ状態だったことや、Yさんの実母が脳卒中で下半身に麻痺が残るなど個人的に大変なことが重なり、Yさんは余裕がなかった状況でした。
そんな状況を私は知りませんでした。自分のことしか見えていなかったのです。
Yさんが弱っていることを喜ばしいことだと感じました。
家庭内で抱えている問題を人伝に知った後は、「そんなプライベートの事情で仕事に穴をあけたり仕事を蔑ろにするのは、私に対して要求してきた正しさと整合性が取れない」と厳しく非難し追及し、彼女を追い詰めました。
そんな私に対してYさんは「あなたとは他の所員と同じようには接することはできない」と言っていました。私は「それは仕事をするうえで許容できることではない」「必要なことは伝達してもらわなければ困るし、同僚である以上平等に接するべきだ」と訴えを認めず責めました。
今考えれば、無理のないことでした。
私はまさに私がYさんにされて嫌だったことをしていました。私は彼女にやられたことをそのままし返すことで復讐するという嗜癖に耽溺して、執拗に大義名分を盾にして攻撃し続けました。
Yさんは、私と同じでした。
自分を世の中に認めてもらいたくて、世の中の物差しに支配されている、実は他人に怯えていて弱い人でした。だから正しさにこだわったし、正しくない行いをする私を攻撃したのだと思います。
私も全く同じでした。
「俺を認めろ」
「俺をバカにするな」
「俺のほうが優れていることを見せつけてやろう」
頭のなかは俺ばっかりで、大切なことは何も見えていませんでした。
自分の存在を誇示するために他人を使い捨てのように扱われて傷ついてきたのに、私は彼女に対して同じことをしました。そのことをとても恥じていて、また後悔しています。
鏡に映し出された自分の姿
これに気づけたのは、回復した状態で、また攻撃される立場になるチャンスにめぐりあったからです。
「評価を求める」
「承認を求める」
「他人に怯えて監視する」
「同情でコントロールしようとする」
「見捨てられ不安を感じると他人を責めて問題から目を背ける」
「己の過ちを認められない」
これらは他でもない、エチルアルコールでおかしくなった状態でYさんを執拗に憎んでいた、かつての私自身の姿でした。
これは私の母の姿に重なります。幼いころから、このような姿で私を圧迫してきた母親の弱さ。私は母と同じように境界線を侵害して他人を傷つけてきたのでした。
本当の自分の問題に目を向けていなくて、それゆえによくわかっていなくて、相手が嫌がっているのに自分の気持ちを解消するために謝罪をしました。
口先だけでした。相手に許してほしいという自分のことだけしか考えていませんでした。
そんな自分勝手な謝罪を受け取らない相手を、責める気持ちを持ちました。
私は当時、きちんと謝ることができる状態ではなかったことを認めます。
自分自身の心を守ることに必死で、私は自分の真の問題に気づけていませんでした。それなのに、相手に自分の存在を認めさせようと、境界線を侵害しました。そうしてYさんを傷つけたことについて、本当に申し訳ないと思います。
仕事の実績で助けて自分の罪を清算しようとしたり、卑屈にへりくだり攻撃させないようにコントロールしようとしたりしました。
必死で平気なふりをして虚勢を張りました
しかし内心は、だれも見向きをしてくれなった懲戒解雇検討中の孤独な経験について思い出し、ものすごく怯えていました。
誰にも相談できない状態で、当時は自分を保つためにはそれしかなかったことも事実でした。
しかし、それにより他人を傷つけてきたことも、また動かぬ事実なのでした。
人を傷つけている自分
失敗している自分
弱い自分
情けない自分
自分の過ちに気づけない自分
醜い自分
そんな自分を見たくなくて、受け容れられなかった。
最も必要なのは、そんな自分も自分自身の一部だと許してあげることだということに、まだ気づいていませんでした。
エチルアルコールををやめて、そろそろ3年になります。今になってようやく、そのことについて認めることができそうです。
長く依存物質をやめて、己の罪と行いや自分を許すことについて深く考え続け、それを聞いてくれる仲間に巡り合わなければ、今もまだ認めることはできず、憎んだままだったことでしょう。
まだあまり会いたくないし、直接会ってこのことを伝えることはかなりハードルが高い。なぜなら、私は相手に受け取られないことをまだ恐れているし、攻撃された記憶は今なお痛みを伴っているからです。
Yさんに伝えた場合受け取ってもらえないこともあるだろうし、追撃されることもあるだろうと思います。その可能性のほうが高いと思います。
それを含めて謝罪することに至るには、本当に時間を要することで、日々棚卸ししていくなかで、自己肯定感を高めていなければ実現不可能なんだなと実感します。
ただ、希望だと思える事には、私は、もし今回気づきを与えてくれた人が、真摯に謝ってくれたなら、それを受け取ると思います。
つまり、心から相手のことを考えた謝罪は、受け取る準備ができた人には、しっかり受け取ってもらえるものだと思います。ということは、受け取るか受け取らないかは、相手の課題であって、私にはどうすることもできないことなのだと思うのです。
それは相手の準備の問題だから。
かつての私がきちんと謝罪することができなかったように。人を傷つけ憎んだことの根本は、自分自身の課題であったのに気づいたように。
相手にとってベストな気づくべきタイミングが、来るときには必ず来るのだと思います。
自分が受け取る準備ができることで、私はそれが己の問題ではないこと、私にできる事は、自分の意志で真摯に受け容れ、謝罪すべきを謝り、他人の謝罪に誠実に耳を傾ける事だけなんだなとわかりました。
だから私は、勇気をもって、かつて人を傷つけた自分自身の弱さを許そうと思います。それと同時に、傷つけられたことについて、納得したいと思います。
当時、私には、謝罪する準備ができていませんでした。それにより、相手の心をひどく傷つけることをしました。
とても、反省しています。
同じことをしないために、私は棚卸をし続けて、己の生き方を点検し続けていきたいと思います。