今の世の中は基本的に狂っていると思う。
人の命を摘み取ることが平然と行われているし、その歪んだ社会に生きる人も病んでいる。
社会不適合者というが、そういうふうに社会から蔑まれている人たちほうがまともなんじゃないかと思う。
今の社会に適合している人は、どこか麻痺している。
経済的な成功を追いかけたり、他人の評価を追いかけたりすることが称賛されて、自分が成功するためなら他人を踏みつぶしてもかまわない。
そんな人間味のない生き方に疑問を抱かない。
あるいは疑問を持つと生きていけないので、あえて考えない、感じないようにしている。
そんな、もともと麻痺しているか、あえて麻痺している人であふれている。
追いかけている成功というのも、とても不確かなものだ。
お金をたくさん稼いだから偉いかといえば、そうではない。
お金は必要最低限あればよいもので、持ちすぎると毒になる。
他人の評価を得ているからといって、それが正しさの証明になるわけでもない。
他人が見た自分というのはどこまで行っても虚像であって、自分自身ではない。
自分のことは、自分でもわからない。ましてや他人がよく知るわけもない。
よく知りもしないのに、見たいように見て、好きかって言っているだけだ。
そんな幻想をどれだけ良いものにしようと躍起になっても、虚しい。
砂浜で砂の城を一生懸命つくっているようなものだ。いずれ波にさらわれる。そうでなくても時が経てばもろくも崩れ去る。
追いかけて、自分の努力のおかげで手に入れられたように錯覚できると、幸せを感じるだろう。
しかしそれは、すべて運のなせる業で、自分の功績のようで誰かの何かのおかげだったりする。
世の中のあらゆることはほとんどコントロールできない。
偶然生まれたこの世の中が狂っていることは、私のせいではない。
たまたま私が生まれて、たまたま世界が狂っていただけ。
世界をどうこうしようとはしないことだ。
社会を変えようなどというのは非常に傲慢なことだ。
私は私が思うところを、どれだけ弾圧されようと正直に率直に伝えるだけだし、非暴力不服従で自分の在り方を貫くだけだ。
結局、変えられるものとは自分自身のありようだけなのだ。
他人がどう思うか、どう動くかは、他人の範疇のことで、私にはどうすることもできない。
私ができるのは、ただ良心に従ってできる範囲の手助けをすることだけ。
家族に対しても、仕事でも、すべてがそうだ。
「助ける」というのはおこがましく、私が関わって何かをしたらその人が「勝手に助かる」。
私自身の影響というのはそれだけちっぽけで脆弱なものだと思う。
その人そのものが持っているエネルギーは計り知れない。
そのエネルギー、存在するだけでとてつもない価値もっていることを、その人が見失っているだけ。
その原理原則を忘れて、自分が他と比べて強大だと思い込むと、過干渉をしたり病気になる。
人間である限りその個体に大した差はなく、比べることはばかばかしい。
ゲームとして楽しむ分にはいいが、他者比較を生きる軸にしてしまうととても苦しい人生になる。
そういう意味では、生命活動に関わらないすべての活動は余分であり、メインではない。
生命活動とは、生命本来のやるべきこと。
食べる。食べるために種を植える。狩りをする。その命の有難みをかみしめる。
寝る。愛する人と愛し合う。肌を重ねる。存在を互いに尊ぶ。
子供を育てる。自分が庇護すべきか弱い血族を外敵から守る。
自己表現。自分という存在を外界に表現する。会話でも音楽でも絵画でもダンスでも文章でも動画でも何でもいい。自分という内的宇宙を第三者に露出すること。
大事な活動はそのくらいだ。
これらを実現するために貨幣が必要になっているのが、この貨幣経済社会なので、お金に価値を置きがちだが、本来なら貨幣によらずとも成立する活動ばかりだ。
なので、お金そのものには実は価値がない。
必要以上のお金を得るために、お金を貯めるために仕事をすると心が空虚になるのはそのためだ。
価値がないものを一生懸命集めるために人生の貴重な時間を浪費することに、心がうすうす気づいていて「もうやりたくない」と悲鳴を上げる。
それでもその声を無視し続けて頑張り続けると、次第に心の声は聞こえなくなって、空っぽになる。
食べ物を自分で育ててみるもの良いだろう。
家庭菜園を始めて、土に触れ草木に触れ、それを食べる喜びを知った。自分で育てて自分で調理した野菜は本当においしい。心に届く。
他人が全くいないとしたら、そんな風に想像して「本当に必要なもの」以外を手放してみるのもいいだろう。
高価な時計、良い車、ピカピカの靴、高いスーツ、ブランドのバッグ、そんなものは、特に必要がなかったことに気づく。
世界を感じられる健康な心と体があって、今日一日食べるものと寝る場所がある。
人はそれだけで充分幸せなのに、それ以上を望んで自ら進んで不幸になる。
まずは他人と比べるのは無意味で無価値だと知ること。その評価軸を手放すこと。
そしてお金から離れること。できるだけお金を介さないで価値を感じられる活動を増やすこと。
大好きな人に「大好きだよ」と面倒くさがらず言葉にすること。逆に他人を攻撃して自分の不安や恐れを打ち消そうとしないこと。結局は自分に返ってくる。
一日でも早く、そうするといい。