【依存症】私が今の考え方にたどり着くまでの軌跡

私は昔、酒をやめられない自分をいつも責めてきました。

「自分がダメだから、自分が努力不足だから、やめられないんだ」と思っていました。

毎日が来るのが嫌で嫌で逃げたくてたまらないけど、努めてそれを感じないように、湧き上がる感情を否定する努力をしていました。

「つらい現実から逃げちゃダメだ」とハウトゥー本を読み漁ったり、『行動でしか人生は変わらない』とか『やるかやらないかだ』みたいな体育会系の偉人の格言みたいなのを繰り返し毎朝唱えたりしました。必死になって、すでにカラカラに枯渇しているやる気を絞り出そうとしていたのです。

その努力は涙ぐましいものがあります。しかし思えば方向性がハチャメチャでした。

 

がんばってがんばって、でもいつも虚しくて悲しいのです。

「何でダメなのか、何でこんななのか」

「他の人はちゃんとしているのに、うまくやっているのに」

「ああ、自分が不良品だからいけないんだ。『良品』にならなくては」

今の自分を否定して「別の自分」に成ろうとしていました。

他の人々のように社会を生きられる「自分より優れた自分」に。

この思考はAC由来で、親との関わりから刷り込まれた信仰なんですが、当時は知る由もありませんでした。両親はもうそばにはいないのに、繰り返し繰り返し事あるごとに、私は「自分はダメなんだ、だからうまくいかないんだ」と自分に刷り込んでいたように思います。

「自分はダメだ」「だからうまくいかない」

人は、気づかないうちにそう自己洗脳していると、無意識に「うまくいくと困る」と思って可能性を自ら潰していきます。

「ほらやっぱりうまくいかなかった」という一貫性を保とうとします。

そうやって、自分の信仰を証明するできるように生きてきたのでした。

誰のせいでもありません。

律儀に「自分はダメだ」と思い続けてきたのは、他ならぬ私でした。

ダメな自分を維持しようとしていたのは、他ならぬ私自身でした。

 

酒でその自己矛盾をごまかすことを覚えて5年。

いよいよ「もう消えたい…もうたくさんだ、やってられるかこんなこと!」とどん詰まりにたどり着きます。

何もかも嫌で、何もかも憎むことにすら疲れ、考えるのは「死ぬ苦しみとどちらが苦しいだろうか…」そればかりになります。

そう、真剣に命と苦しみを天秤にかけ出したのは、社会人になって2年目でした。

消えたいが、消えるのもそう簡単じゃないぞ…

しかし生きていてもただただしんどい。どうすればいい…?

拮抗状態で苦しむこと5年。(不思議なことに5年スパンですね。)

「会社を解雇されるかもしれない」という状況に追い込まれ、社会的な死、その後に来る肉体的な死を、リアルに想像するようになります。

「死ぬんだな」と思ったとき、人界万里のどん詰まりで感じたのは、不思議にも「よかった、やっと楽になれる」ではなくて、「まだ終わりたくない」でした。

 

「わたしはまだやり切れていない」

「わたしはまだやり残したことがある」

「まだ、死ねない」

「このまま終われねぇ」

「どうせ死ぬなら、それをやってから死にたい」

出典:『はじめの一歩』森川ジョージ

 

 

そうは思ったけど、当時感じていた「ガラクタのような自分」とまたいちから生きていくのは、とても覚悟が要りました。

「サハラ砂漠に行って、砂粒の色を一粒一粒、確かめろ」

と言われているような、気の遠くなる不可能なことのように思いました。

だけど、生きるにはやるしかない。「この私」で私として生きていくより他はない。

そうであるならば「もう何でもいいから教えてもらったことを素直に一つひとつやるしかない」と心から思いました。

この地獄を知ってもなお、まだ生きている人がいる。

その人たちがどうやったのか、知りたい。そして真似したい。生きるためにはそれしかない。

自分のやり方ではまったくもって無理だった、もうやっていけない、それをつくづく思い知らされた10年でした。

 

自助グループやステップは、そういう私にとってすら、当初は胡散臭くうつりました。

「そんなことやって何になる?」

「お前らとは違う」

「私にもそんな効果が本当にあるのか?」

でも、自分は自助グループやステップ以上に成功したエビデンスはありません。

むしろ何もかもダメだったから、ここにたどり着いている。それを認めて、とにかくやってみました。

結局、絶望して白旗を振ってからも、あれやこれやと脱線しては戻りを繰り返しました。

理解するのに、また5年間かかりました。笑

 

そうして、ようやく今があるなぁ、と思います。

この15年があったから、今があるとも思います。どんな苦しい瞬間も、無駄じゃなかった。

全ては必要だから、その時々に私の目の前に用意されていたのだと、今は感じます。

当時はとてもじゃないけどそんな風には考えられませんでした。無理で当たり前だと思います。

こういう回復への道程で経験してきたことを率直に正直に他人に伝えるっていうことが、12番目なんじゃないかなぁと、最近思います。

つまり、12番目はなにもそんな大仰に啓発などをしなくてもよく、素直に話すだけで、実はとてもシンプルなんじゃないかと思うのです。

 

私はそういう風にこのブログを活用していきたいな、と思います。

過去の記事で書いていることは、時として目を覆いたくなるような恥ずかしい認知の歪みにまみれています。

しかし、それも私。ぜーんぶひっくるめて私。

ぜーんぶひっくるめてのお前なんだ

いいんだ それで

 

出典:『バガボンド』井上雄彦

 

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