こんにちは、ちあき です。
イギリスのNICEにおいて成人のうつ病に関する診療ガイドラインが発表されており、うつ病に運動療法が推奨されてるの、ご存知ですか?
私は教えてもらうまで全然知りませんでした。
有酸素運動はうつ病に対して抗うつ剤と同等の効果が期待できる治療法かもしれないと言われています。
はたして本当なのでしょうか?
うつの症状や重症度は人によってさまざま
現在、様々な抗うつ剤発売されており、最近新たに新規作用機序の「ボルチオキセチン(トリンテリックス錠)」が発売されました。優れた効果と安全性で、Lancet誌に掲載されたネットワークメタ解析の直接比較試験での解析結果において最も優れた薬剤として位置付けられたことが、精神疾患領域においてホットな話題になっています。
しかし、そのボルチオキセチンですら、すべての人に対して等しく効果を発揮する薬剤ではありません。
うつの症状は幅広く、タイプははっきり異なっています。
食欲がなく眠れないという人もいれば、過食気味で疲労感がひどく、毎朝ベッドからなかなか出られない人もいます。簡単なことも決められないほどの無気力感に陥って引きこもる人もいれば、あらゆる人やモノに対して怒鳴りつけケンカをふっかける人もいます。
このように、症状は両極端に振れたり、その程度が異なったり、気になる訴えが違ったりと、千差万別です。それぞれの患者さんに合う薬をひとつひとつ慎重に試しながら探していくしかなく、その間に医療への信頼をなくしてドロップアウト(治療から脱落)してしまう人も少なくありません。
そんな人それぞれのうつ病の症状に対して、どんなひとにでも有酸素運動はある一定の効果が期待できるというのです。
マジかよ…??本当に??
というわけで調べてみました。
有酸素運動は本当にうつに効果があるのか?
まず、運動は本当に効果があるのでしょうか?いくつかの疫学研究を振り返ってみましょう。
①アラメダ郡研究(カリフォルニア州バークレー)
1965年から26年間にわたりアラメダ郡の住人8023名を対象とした追跡調査。
調査開始時にうつの兆候が見られず、1974年までの9年間で、
あまり運動をしなかった人は、1983年までうつになった割合がよく運動した人に比べて、1.5倍多かった。
最初は運動していなかったが少しずつ運動するようになった人と、最初から一貫して運動していた人は、1983年までにうつになる割合が同じだった。
→運動習慣がないと、運動習慣がある人よりうつになる確率が高い。
②SMILE(Standard Medical Intervention and Long term Exercise/標準的な医学的介入と長期運動)研究
運動の効果と抗うつ薬(セルトラリン:SSRI)の効果を16週にわたり検討した研究。
大うつ病に該当する50~77歳までの合計156名を3群にランダムに割り付け、薬剤療法グループ、運動療法グループ、併用療法グループに分けて検討したところ、3群ともうつの症状が大幅に緩和し、それぞれの約50%の患者の症状が完全に消失した(寛解した)。約13%は症状が緩和したものの、寛解には至らなかった。(約37%は無効だった。)
薬剤療法=セルトラリン 50~200mg/日を投与(国内の承認用量は100mgまで)
運動療法=週3回 30分間 監督下で予備心拍数70~85%の強度でウォーキングかジョギング
☆予備心拍数の計算方法
(1)220-年齢=最高心拍数
(2)最高心拍数-安静時の心拍数=予備心拍数
(3)予備心拍数×0.5~0.6+安静時の心拍数=目標心拍数
→運動療法と薬物療法は、それぞれ単独で同程度の効果がある。
③IT関連企業の従業員を対象とした1年間の追跡調査
余暇身体活動及び通勤時の歩行が勤労者の抑うつに及ぼす影響(体力研究,109,1-8,2011)において、
余暇の身体活動時間が最も長い群は、全く行っていない群と比較して、うつ症状の発症リスクがおよそ50%低かったことを報告している。
→日本においても、身体活動時間はうつの発症リスクに影響を及ぼしている。
以上の研究以外にもさまざまな疫学研究において、運動量とうつのになりやすさには反比例関係があり、薬剤と同じくらいの効果が、運動療法(有酸素運動)には期待できるということが、精神医学の研究において明らかになっています。
なぜ有酸素運動はうつ状態を改善するのか?
じゃあ、なんで有酸素運動が、あんなにどうしようもないうつの症状を改善できるのでしょうか?
生理学的機序として、有酸素運動は、以下のような要素が挙げられています。
・成長因子の増加
・神経細胞新生
・脳血流量の増加
・脳神経伝達物質(ドパミン、ノルアドレナリン、セロトニン)の増加
・セロトニン系の過活動状態の抑制
・自律神経系調節(副交感神経系の活性)
・視床下部・下垂体・副腎皮質系の機能調節
特に有酸素運動がうつに効果を発揮する生理学的効果を考える上で重要なのは、成長因子の増加のひとつである、「BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加」です。
☆BDNF(脳由来神経栄養因子)とは?
記憶や学習、神経発達、神経新生などの脳機能に不可欠であり、主に、海馬、大脳皮質、視床下部などの中枢神経系で発現するほか、体内の器官や血液中にも存在する成長因子のひとつ。ニューロン同士の結合や成長を促す肥料のようなもの。
細胞の自己破壊的な活動にブレーキをかけ、抗酸化物質を放出し、軸先と樹状突起の材料になるたんぱく質を提供している。
うつ病の患者の脳内では、血清中のBDNF濃度は、健常者と比べて明らかに低く、うつ症状とBDNF濃度には負の相関が認められる。また、未治療のうつ病患者の血清BDNF濃度は治療中のうつ病患者や健常者に比べると明らかに低いことが報告されている。
うつ病では、脳のなかの扁桃体と呼ばれる情動を司る部位と、海馬と呼ばれる長期記憶を司る部位が委縮していきます。特に海馬はうつ病に罹患すると15%程度小さく萎縮してしまうと言われています。
原因は、ストレスホルモンであるコルチゾールと考えられます。
コルチゾールにまみれると海馬のニューロンは新しくできるどころか死滅していくのです。うつ病だった期間が長ければ長いほど縮む割合は大きくなります。
うつ病で否定的な感情や記憶ばかりがリフレインするのは、このニューロンの損傷により、細胞レベルで学習と記憶が遮断されるためだと言われています。
このコルチゾールによる損傷からニューロンを守るのが、BDNFの役割の一つであることが分かってきました。
コルチゾールが増えすぎるとBDNFは減ってしまいますが、このBDNFの濃度は抗うつ剤で増加することが確認されていて、有酸素運動でも増やすことができると確認されています。
つまり、運動をすれば、BDNF濃度が上がり、うつ症状悪化の原因の一つである海馬の萎縮を抑制することができると考えられます。
また、有酸素運動は、前頭前野においても同様に各種の神経伝達物質を調節させると考えられています。
前頭前野はヒトをヒトたらしめ,思考や創造性を担う脳の最高中枢であると考えられていて、高次な認知・実行・情動・動機つけ・意思決定の役割を担っている重要な脳の部位です。
認知行動療法と心理療法は、まず自分を肯定的にとらえられるようになって、上位組織である前頭前野からの『トップダウン方式』で下位組織へ波及していくアプローチですが、有酸素運動が前頭前野のモノアミンを調整するということは、治療法として、認知行動療法と同じ『トップダウン方式』としての性格を有していると考えることができます。
また、抗うつ剤は、まず下位組織である脳幹に働きかけ、その影響が大脳辺縁系に伝わり、最終的に前頭前野に影響を及ぼす『ボトムアップ方式』のアプローチですが、有酸素運動はダイレクトに体を動かすの脳の中枢である脳幹をダイレクトに刺激します。脳幹が刺激されると、エネルギー・情熱・関心・やる気が生む効果があります。
つまり、有酸素運動はうつに対して『トップダウン方式』と『ボトムアップ方式』の両方向からアプローチできる治療方法だと言えるのです。
どのぐらい有酸素運動すれば効果があるのか?
「有酸素運動がいいのはもうわかったよ。だから、どのぐらい運動すればいいんだよ?」
と、ここまで読んでくださったあなたは少しやきもきしているかもしれません。
ご安心ください。
有効だったと結論付けられ、ガイドラインに推奨されている強度や頻度がこちらです。
↓
頻度:週3回以上
時間:45~60分/回
期間:最低10~14週
強度:中等度(心拍数:80~98くらい)のジョギング or ウォーキング
☆35歳女性の場合:適切な心拍数=80~98
(1)220-35=185(最大心拍数)(2)185-70=115(予備心拍数)
(3)目標心拍数=115×(70~85%)= 80 ~ 98
☆参考文献
1、「うつ病運動療法の現状と展望」武田典子,内田直,ストレス科学研究,2013,28,20-25
2、「脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方」ジョンJ.レイティwithエリック・ヘイガーマン,2009,3,143-178
科学的に正しい、うつに対する運動療法として、上記の通りやれば、セルトラリンによるSSRI単剤治療と同じだけの効果が期待できる、ということになります。
経済的にいうならば、メーカー純正品の薬剤を服用する場合で、薬剤費約7200円分(自己負担は約2000円)の効果を発揮してくれる、ということです。
お得!!
まとめ:有酸素運動、まずは一緒にはじめてみましょう!
私もこれからトライするところなので、一緒にやってみませんか?
週3回の運動習慣が、脳内のモノアミンを調整して、うつを晴らしてくれるなんて、すごく爽やかで素敵ですよね。
こんな文章を書いている私も、じつはアルコール依存症からくるうつ病・うつ状態にずっと悩まされてきましたが、無気力感や性機能障害に悩まされて、SSRI単剤の薬物療法では限界を感じており、ある先生に本や実体験を教えていただいたのがきっかけで、この理論と実践に出会いました。
ともに回復していき、生きていてよかった、と思える朝を迎えられる一助になれば、こんなにうれしいことはありません。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。