【雑談】ストレスだらけの現代社会に希望はあるか

いやー、口内炎が治りません。

 

明らかに仕事(というか上司)のストレスだよなって感じです。

全く思想が合わない。

儲かればいいだけなら、オレオレ詐欺と変わらないんだよなー。

まあワクチンを取り扱っている時点ですでに詐欺会社って感じですが。

言ってしまえばインテリヤクザみたいなもんです。

私はまっとうな堅気の商売がしたいので、活動方針が真っ向から対立することがほとんど。

向こうも「やりづれぇなぁ」と思ってると思いますけど、こちらもそうなんですわ。

申し訳ないけど、異動するまでの我慢だと思ってお互い乗り切りましょうか、って感じです。

 

あー、あとは退去に伴う精算費用の訂正かな。

管理会社がぼったくってきているので、その対応が4月から今まで続いております。

よく敷金と相殺して・・・とか言いますが、基本的にはふつうに住んでいれば払わなくていいんですよ。

普段何もしないのに、退去のときには張り切って騙せる奴から騙し取るんですよね、管理会社って。

そのあたりも、正式に減額できたらノウハウを全部公開しようと思ってます。

 

私、お金って嫌いなんですよね。

ていうか、どうでもいいんですよね。

なんでみんなお金好きなんだろ。なんかと交換できるから?そんなにほしいものあるのかな。欲がすごいです。逆に羨ましいくらい。そんなに欲しいものないわ。

上司の件も管理会社の件もそうですが、思考がもう100%金のために生きているって感じで、なんかそれ虚しくない?って思います。

そりゃこの資本主義社会で生きていくには、ある程度必要なのはわかります。

でも必要最小限でいいと思うんだよなー。

損得関係なしの交流をする時間・家族との時間・純粋に知りたいことを知るための時間・自分と向き合い表現する時間、そんな時間にこそ、限りある人生を費やしたほうが、私は有意義だと思うんです。

お金にならないことのほうが、実は最も重要なこと。

 

マスメディアで報道していることは、99%プロパガンダなので、あまり真面目に見聞きしなくていいですよ。

テレビは必要ないです。捨てて大丈夫。新聞もネットニュースも、見なくて大丈夫。

誰かに何かの得があるから、記事になるしニュースになるんです。

今回のワクチンの件で、とてもよくわかりました。

だから、有名人の誰それが亡くなったとか、そんなんいちいち見に行く必要ないですよ。

人間には生存戦略のうちの危機管理能力として、不安になるコンテンツほど見に行ってしまう習性があります。

だから、凄惨な事件をテレビで流すのは、見てほしいから。視聴率を稼ぎたいからです。

それに対してコメンテーターが「こんなの許せない!」みたいな感情的なコメントするじゃないですか、報道番組って。

あれは共感させて見てもらおうっていう戦略ですね。

「恐怖」と「共感」。それがメディアの釣りメソッドだと田中玲司先生も言ってます。

ホントまさにそうだと思う。

 

ぶっちゃけ、直接会ったことも話したこともないような人が死んだって、そんなに関係ないから。

そんなこと言うと「想像力がないのか」とか「冷たい」とか、感情論で正論ぶつけてくる人が必ずいるんだけど、それは言っている本人が気持ちよくなれるから言ってるだけ。

「他人の不幸に共感できる自分は人間として素晴らしい」って思えるし、正論で他人をぶん殴るのは快感ですからね。

本当は、そんな正論をのたまう人も、ショックなんて受けていなくて、1年も経ったらスッキリ忘れてます。だいたいそうです。

だから関わる必要ありません。「自分の人生空っぽだから埋めたくて必死なんだな」って思って静かに距離を取りましょう。今話しても話が通じないので。

 

お金とエゴイスティックな欲求が絡む事象は、結局はドライな結論になっていくんです。

「自分の利益」。外側の皮を一枚一枚剥いていけば、中身はそれしか入ってないから。

だから、つまらないんだよな。

 

人間は、そんなに合理的にはできていません。

非合理な存在なのに、利益を追求して合理的な社会システムにしちゃったから、なじめなくて病んでいく。どんどん自分の人生を見失っていく。そんな感じで、自殺者が後を絶たないような現代社会ができあがっています。

なんか、依存症になる人って面白くて内面が豊かな人が多いなーって思ってたんですけど、感性が死んでないからなんですよね。

感性を殺して個性を殺して社会に適応すれば、この歪んだ社会では生きていけるんだろうけど、そんなふうに器用に誤魔化せるほど鈍くないから、酒やギャンブルでごまかすしかなかった人たちなんですわ。

以前三光病院にいらっしゃった市川正浩先生のご講演を拝聴したとき、

「依存症になった皆さんこそ、未来の希望だと私は思っている」

と語っておられた理由が、何となくわかった気がします。

私たちが依存症になるほど死と隣り合わせになってまで何かを突き詰めなければいけなかったのは、生きづらさを誤魔化しきれないほど眩い感性と個性をもつからこそ。

ダメなんじゃないんです、優れているからなるんです。依存症って。

国が「ダメ、絶対」でレッテル貼りしたかったのは、コントロールできないほどの優れた感性や個性を恐れていたから、叩きたかったんじゃないかな、と思いますね。

ダメな存在ということにして片隅に追いやって、有象無象に叩かせておきたかった。だから偏見と差別をわざわざ意図的に生んだ。

私はそんな風に思います。

 

依存症になると、最終的には「自殺するか、生きるか」の二択を真剣に選ぶことになるので、ほんと人生についてちゃんと考えるんですよね。

いい加減にできない不器用さもあり、とことん考え尽くすし、そうやって紆余曲折を経て回復すると、依存症になる前の世界の見え方とはまるで変わってる。

生まれ変わるといってもいいほどに。

本質に気づいて向き合える。

そういう意味で本当に希望なんだよなー、と思います。

 

いずれもう、この社会はダメになります。終わります。

結構もう限界きてると思う。資本主義社会は、共産主義が倒れたように、遅かれ早かれ倒れるでしょう。人を本当の意味で輝かせるシステムではなかった、残念ながら。

だから、今このシステムに合わないからって、気にすることないです。いずれ終わるんで。

社会不適合者で結構。むしろそのほうがいい。

不登校で結構。むしろそのほうがいい。

自分の思うままに生きてください。

既存の価値観はクソです。気にしないように。

 

今は生きづらい世の中ですが、なんとか耐えて、生き延びましょう。

農産物も毒まみれ、ワクチンも毒まみれ、空からは化学物質まみれ。

これからどんどん死にます。合理的思考のもと殺しにきているので、それはもうある程度死ぬところまで進まない限り、気づかないし止められないでしょう。

古代ギリシャの哲学者たちが200年以上も前に答えを示してくれていたのに、私たちはどんどん愚かになっていったんですよね。

進歩なんてとんでもない。退化以外の何物でもないです。

 

そんな感じなので、外野のいうことはあまり気にしないで、のびのび楽しく生きていきましょうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です