月別アーカイブ: 2021年9月

【AC】他人が嫌いだという話(ACと反応性愛着障害)

私は人間のくせに、人間が嫌いだ。

とにかく近くに人間がいると落ち着かない。気になる。

人がいる安心感?冗談ではない。警戒感しかない。

ソーシャルディスタンスの2mくらい離れていないと、不安で仕方がない。

だから人混みを歩くことは、サメが泳いでいる海を裸で泳いで渡っているような心地だ。

ジムや温泉に人が片手以上の人数いると、思わず「チッ」と舌打ちをしてしまう。

レクリエーションをしにきたのに、これじゃあ気が休まらないじゃないか、と思う。

いつか家にジムとサウナを導入したい。誰にも邪魔されない安心できる環境で楽しめる日を夢見ている。

人混みにいると落ち着くとかいう感覚が本当に信じられない。

他人とゲームしたり、何かをやったりするのが楽しい感覚も信じられない。

できれば、独りでいたい。

そんな人はいないだろうか。多分いると思う。

 

反応性愛着障害(RAD)

私は個人的には、愛着障害って基本的にアダルトチルドレンの医学的分類だと思っている。

DSM-5では、「トラウマとストレス関連障害」のなかに「反応性愛着障害(以下、RAD)」がある。

養育者との愛着(きずな)がうまく形成されないことによる障害で、深刻な虐待/ネグレクトがその背景にあるとされている。

アダルトチルドレンは、機能不全のある家庭システムに育ち、幼少期に不健全な人間関係を構築するパターンを学んでしまったために、そのパターンの制約に成人してからも苦しんでいる人々のこと。

こうやって並べてみてみると、虐待やネグレクトがどうこうという限定された背景というよりは、本質的に「家庭の何らかの機能不全により、他者との交流に困りごと(障害)を抱えている」という点が、全く同じということがわかる。

 

RADは一言でいうと「人が(怖い・嫌)。だから人を求めない」という状態である。

とても共感する。

物心がつく幼稚園くらいには「親は正しいことをしないと味方をしてくれない」と思って半ばあきらめていたし、特に笑うこともなかった。子どもも大人も含めて他人と関わることを避けはじめていた。

私の幼少期は、殴る蹴るのない虐待みたいなものだったのかもしれないが、それは外から見てもよくわからない精神的なものだったのだろう。

 

「人」と「人間」

そんなわけで、常にATフィールド全開の私だが、信頼できると思う人には心を開くこともある。

私にとって「人」と「人間」にはものすごい開きがある。

その辺に生きているのが「人間」という動物。

信頼できる人生に深く関わるのが「人」である。

「人間」は正直生きようが死のうがどうでもいい。

むしろうっとおしいので、ちょっとでも数が減ってくれたほうが助かる。

私も分類学上は同じ人間なので偉そうなことは言えないが、醜く学ばず傲慢で強欲で残酷で、基本的にろくでもない生物だと思っているので、死んだほうが地球のためにはなると思う。

でも、人間として生を受けた以上、人間として生きていくしかない。

人間という生物の枠のなかでみなそれぞれ思い思いに生きて、みな勝手に生きて勝手に死んでいくのである。

そんなことを言うと「他の人と自分も同じなんだから。自分が死んだほうがいいと言われたら嫌でしょ?」とか言われる。

ずっとそういう「死んでいても生きていてもどっちでもいい」という扱いだと思っていたし自分自身もそう思って生きてきたから、逆に言えば「他の人と自分が同じ」という論理なら、そう思われるのが自然ということで解釈一致なのでは?という感じである。

それに、他人は、私がされて嫌なことを、私にさんざん腐るほどしてきたではないか。「他人が嫌がることはしない」などというご高説を垂れられても。どの口が言うのか。全然ピンとこない。

クリック一つで簡単に人を殺すし、金のためならどんな汚いことでもするし他人を踏みつけていくくせに、よくそんなおべんちゃらが言えるよなあ、と思う。

 

基本的に私は、人間であることがいいことだとは思えない。

犬や猫や昆虫や草木のほうが、生を謳歌していると思う。真っすぐに今を生きている。そういう真摯な生命には、頭が下がる。

無駄がない。余計な不純物を抱えていない。洗練されている。生き様に覚悟と凛々しさがある。

できるだけ人間ではなくそういう別の生命に触れて、人間社会ではなく、自然界の大切な真理を学ぶこと。それが大事だと思う。人間社会は腐っているので、触れ続けていると魂が腐る。『風の谷のナウシカ』でいうところの腐海のようなもの。適度に抜け出して息継ぎをしないとやっていられないのは当たり前だ。

 

他人との関わりは食事のようなもの

とはいえ、他人との関わりなしに人間は生きていけない。

だから私は人間から人に自身を昇華して、人と繋がるしかない。

 

食事に似ている。

摂らなくては生きていけない。

でも、毎度毎度、胃が痙攣するようなゾッとする味の食事をするのはただの拷問だ。

こんな日々なら死んだほうがマシだ、と何度思ったことだろう。

無いと生きていけないから、と不安で焦って詰め込んでも、醜く肥え太るだけである。生命としての磨き抜かれた姿とは程遠くなる。いずれ死を選ぶことになる。

 

ちゃんと食べようとしているものを見て、選ぶ。

自分に必要で大切なものを、必要な分だけ頂く。

人付き合いも、それでいい。

全員と仲良くする必要はない。どことも知れない他人が活きようが死のうがどうでもいい、というのは、自然なことだ。建前上、聞こえがよくないから皆言わないだけで、本心はそうだ。

この目に映る「人間」はごく一部と知りながら、そのなかで信頼で繋がることができる「人」を見出して、その人たちと共生できればいい。それが「仲間」である。

必要な量は個体により異なる。

私は必要最低限でいい。そんなに他人に興味が無い。たくさん食べてしまうと食傷気味になる。お腹いっぱいだからもう見たくもない。

たくさん必要な人は、仲間をたくさん作ればいい。「たくさん友達がいるほうが幸せでしょう?」と自分の感覚を押し付けるのは、もうお腹いっぱいですと言っている相手の口に無理やり飯を押し込むのと同じだ。やめていただきたい。もはや当事者にとってはただの拷問である。映画『Se7en』を思い出す。

 

なんかすごくまとまりがないけど、漠然とこの感覚を可視化したくて文章にしてみた。

人間が嫌いな人間がいてもいいじゃないか、と思う。

人間は「やれ疾患だ」「やれ障害だ」「やれ回復してないからだ」とレッテルを貼って他者を欠陥品扱いするのが好きだが、それは「その人の認識の範囲」から当該の人物のパーソナリティが収まらないから、何かレッテルを貼らないと不安なだけではないか。

理解を超えたものがあると不安だから、自分の下に位置付けるために、欠けていると考えたいだけではないか。

そういう処理はご自身で勝手にやるのがよい。

勝手にこっちにレッテルを貼りに来ないでほしい。うっとおしい。

そんなにペタペタ他人に何かを貼ったりしている暇があったら、自分を見つめ直して、生きたい人生を生きたらいいのに、と思う。

私はとても理解しがたいと思いながらも放っておいているのだ。そっちもそのようにしてほしい。

いや、それこそ余計なお世話か。

私は、私の人生を、他人にこれ以上邪魔されずに楽しみたい。

ただそれだけだが、それがなかなか叶わない。

ままならないものだ。

【出産】無痛分娩レポ・後悔しない産院選びの3つポイントまとめ

結論を先に書く。

無痛分娩がいい。選べるならそっちにした方がいい。

それをこれから書いていく。

 

自然分娩と無痛分娩、比較してみた

こんな感じ。

無痛分娩はその名の通り、痛みが圧倒的に弱い。そして苦しい時間は短時間で済む。

分娩室にいた時間をみてもらうとわかると思うけど、相当違う。子宮口が全開になる直前までベッドでリラックスできるのはとっても貴重。分娩台は大体硬くて寝心地がそんなに良くないので、ずっと陣痛に耐えながら硬い場所にきつい体勢で寝かせられるのは地味だけどめちゃくちゃしんどい。

自然分娩の第一子は、前駆陣痛で3日寝れないまま本陣痛を迎え睡眠不足と痛みでヘロヘロになりながら産んだ。精も根も尽き果て、最後の方の会陰切開(会陰を麻酔せずはさみで2〜3センチ切る)ではジョキンという音は聞こえたが全く痛みを感じないほど痛覚は限界を超えていた。

一方の無痛分娩では、前日もちゃんと眠れて、睡眠不足には悩まされなかった。付き添うパートナーもお尻を押したり一緒に寝ずにマッサージしたりしなくても良い。

自然分娩は無痛分娩より安いのが良いところ。

記事を公開したところ、さっそく感想で「+2万はかなり良心的。+15万のところもあるよ」ご意見をいただいた。産院によりかなり料金設定にひらきがあるようで、私たちがお世話になった産院はかなり良心的だったのかも。

相場としては、+10万前後。割とするなー、という印象。

少しでも費用負担を抑えたいなら、自然分娩かな。

正直これだけ負担が減らせるなら、私は10万払う価値があると思う。

私たちとしては、次回があれば、迷わず無痛分娩を選択したいと思うほど違った。

 

無痛分娩の流れ

そんな無痛分娩。

ここからは、第二子の無痛分娩の流れを時系列で振り返ってみた。

⭐︎はワンポイントアドバイス。

出産前日(8月31日)

15:00 内診

夜20:15から入院が決定。

もう産まれてもいい大きさになっていること、子宮口が1センチ開いてきていることを確認したため決定した模様。

9月15日が予定日だったので焦る。

⭐︎無痛分娩の場合、入院準備は早めにしておいた方がいいよ!

 

20:25  入院・入院の説明など
21:00   前処置開始

麻酔を投与するための管を留置する前処置。

背中に管を入れる。前処置が一番痛いらしいと助産師さんから聞いてビビるが、少し痛かったくらいで特に違和感もなし。

そのまま22時就寝。

 

出産日(9月1日)

6:00 起床

起きて速攻座薬を入れる。座薬が一番きつい(笑)。

座薬を入れて3回トイレに行き、お腹空っぽになる。

腹が減ってひもじい。

8:00 朝食

待望の朝食タイムで軽く絶望する。

⭐︎どうしても我慢できない空腹を想定して、必ずゼリー飲料などの流動食やカロリーメイトなどの軽食を持っていっておこう!

8:15 内診

意図的に破水させる処置。お腹少しちっちゃくなる。

良い感じに張りが進んでいて「早ければお昼頃に出産かな」と言われる。

陣痛促進剤を投与。

9:00  アロマセラピストさんのマッサージ

足をマッサージしてもらう。めちゃ気持ち良い。

9:30ごろに陣痛促進剤が効いてきているのか、お腹の張りが徐々に強くなる。

 

10:00 麻酔処置開始

痛みが強くなってきた感じがするので、麻酔を入れてもらう。

子宮口の開きは、5cmぐらい。

1回入れると1時間程度鎮痛効果が持続すると説明を受ける。

実際、10:20には全然痛くなくなった。

処置されて待機している間は病室。

こんな感じ。腕についているのは促進剤投与のための点滴。↓

陣痛始まりまっせ、くらいの痛みぐらいまでしか味わわないままなので「このまま本当に産まれるのかな?」と少し不安になる。そのくらい痛みがない。

 

12:00 停滞

子宮口をちょいちょい確認してもらうも、5cmから開かないで停滞中。

2時間経っても麻酔はまだ効いていて、痛くない。

 

13:00 麻酔追加

3時間経つと少しずつ痛みが戻ってきたので、麻酔追加。

「だいぶ下がってきているからあと少しだね」と言われる。

「お尻押される感じがしたら、全開に近づいているから教えてね」と言われる。

痛くないし、お尻の感じもよくわからないが、とにかく腹が減っている。

お昼ご飯も来なかったので、出産後に食べたい食べ物のことばかり考えるようになる。

15:23 子宮口全開

全く痛くなく、お尻を押される感じも全然わからないまま「来ねーなぁ」と病室でボケーっとしていた。

回診に来た先生に「え?!もう全開になってるよ!!頭出てるよ!!」と言われ、分娩室へ緊急搬送される。

15:48 出産

分娩台に上がって15分くらいで産まれる。

分娩室にいたのは25分。

いきなり頭を出した状態で妊婦が運ばれてきたので、準備していなかったスタッフたち、テンパる。10分で準備してくれる。

「もうちょっとだけど、麻酔どうする?追加で打つ?」

と聞く助産師さん。

「このままいけます!余裕っす(`・∀・´)」

とイキって追加投与を断った結果、後陣痛で結構な痛みを味わう。出産後、痛みと空腹からか嘔吐する。

 

⭐︎「イケるかも」と思っても、痛いのが嫌な人は麻酔をしっかり追加しよう!(多少痛い方がいきみやすいらしいので、初産の人は多少痛みを感じられた方が逆に良いかもしれない‥。)

18:00 念願のご飯

やっと食べられたけど、吐く。しょげて薬を飲み横になる。

 

⭐︎一般的に術後悪心嘔吐には、オンダンセトロンやグラニセトロンなどの制吐剤が有効で、2021年9月から保険適用にもなったので、覚えておこう!

19:00 回復

麻酔で麻痺していただけで、思いのほか疲れていたのか、横になっていたら落ち着いてくる。

出産翌日以降

ご飯を食べたりおやつを食べたりたまにアロママッサージしてもらったりしながら、優雅に過ごす。

新生児のお世話。おっぱいをあげたりオムツを替えたりする。

自然分娩の時のような疲労感が残っていないので、あまり新生児の世話がキツくないように感じる。

そして検査等特に問題なかったので、退院。

 

まとめ:無痛分娩で産院を選ぶポイント

今回の経験から、産院を決める場合に確認しておきたいポイントを3つにまとめる。

①助産師さんが子宮口を確認できるかどうか

第一子の産院では、助産師さんのスキル不足で子宮口の開き具合をドクターしか確認できなかった。そして分娩室に放置して全然様子を見にも来なかった。

今回の第二子の産院は、助産師さんが子宮口の確認から新生児の取り上げまで行えるスキルがあった。定期的に様子を見にきてくれて、ちゃんと適切な処置ができた。

この違いは、大きい。

結局子宮口が開いていないことには出産できないので、自然分娩でも無痛分娩でもこの開き具合の確認はこまめに行わなくてはならないが、助産師さんが確認できないと、必然的にドクターしか判断できない。ドクターは忙しいのでそんなに頻繁に確認はできない。結果として、苦しむ時間が無駄に長くなる恐れがある。

第一子の出産時、強い陣痛が来てもうそろそろなのでは?と訴えても「子宮口が開いたら産まれますから」と壊れたレコードのように繰り返すばかり。自分では子宮口が開いているか確認できないくせにのらりくらりとしている助産師に対して、業を煮やした付き添いの夫がブチギレた。

「君に確認する能力がないのはもうわかった。君に出来ないのなら確認できる人間を連れてこい。そして速やかに確認しろ。妊婦である当事者がその必要があると言っているのに、必要があるかどうか判断出来ない君と話しても仕方がない。判断できる人を連れてこい。」と強くいうと、渋々呼びにいった。

医師にみてもらったところすでに全開だった。ぶっ殺してやろうかと思った。

 

②医師が日本産科麻酔学会に所属しているかどうか

無痛分娩のかなめは麻酔である。

麻酔に詳しくない医師の場合、何が起こるかというと、夜出産になったときに自分で麻酔ができない。なので、非常勤で外部から麻酔医を呼んで処置するのだが、夜に連携先の麻酔医を外注することは、基本的にできないと考えた方が良い。

つまり、無痛分娩を謳っていても、夜間の陣痛には対応できない産院が存在する、ということだ。

無痛分娩は基本的に計画的に生むので、前日の夜に入院して当日昼に生まれるように前処置をするし陣痛促進剤を投与するが、もし予定がずれ込んだ場合、麻酔処置に対応できないスタッフ編成の産院の場合、無痛分娩を諦めなくてはならなくなる。

なので、医師が「日本産科麻酔学会」に所属している医師かどうか、をよくみて決めてほしい。

この学会に所属している医師は、基本的に無痛分娩や帝王切開に必要な麻酔の情報をしっかり知っていて、対処方法を学んでいるし、スタッフ教育も熟練していると考えて良い。信頼できる一つの指標である。

 

③アロマセラピストがいるかどうか

入院中、地味に助かったのが、アロマセラピストの存在。

アロマを使った足のマッサージを術前術後にしてくれるし、出産時に立ち会ってくれるところもある。

安眠できるように好みのアロマを就寝時にセットしてくれるので、入院中とてもリラックスして過ごせる。

マストではないが、とても重要なポイントだった。

 

 

以上、参考になれば幸いです。

【メンタル・ヘルスケア】CBD(カンナビジオール)を使ってみた話

結論を先に書いてしまうと、よかったんだけど高すぎるという話。

 

カンナビジオール(CBD)とは?

大麻に含まれる成分の一つ。大麻には主にCBDとTHCが含まれている。

いわゆるハイになる成分はTHCのほう。

CBDはエンドカンナビノイドシステム(ECS)という身体調節機能に働きかける。体内でCB1受容体・CB2受容体に作用する。神経系において、CB1受容体は主に脳・中枢神経、CB2受容体は末梢神経に主に分布している。

CBDを体外から摂取することにより、CB1受容体が活性化して、記憶・認知・感情・睡眠・食欲・痛覚などに影響を与える。CB2受容体が活性化すると炎症を抑える方向に働く。

CB1受容体が活性化されると、以下のようにモノアミンが動く。

まず直接アセチルコリンを抑制して記憶機能を低下させる。次にグルタミン酸を放出促進することで意欲や食欲を増加させる。そして、GABAの放出を促進する。

これにより、ドパミン・ノルアドレナリン・アセチルコリン・ヒスタミン等のモノアミンを放抑制し鎮静に働く。それにより落ち着いていられて、興奮したり不安になったりしなくなる。

痛みに関しては、中脳と扁桃体に作用することで鎮痛効果を示すと確認されている。下行性疼痛抑制系にノルアドレナリンのシグナル伝達抑制を起こさせることによるものだと思う。申し訳ない、ちょっとはっきりわからなかった。CB2受容体の炎症抑制が関係している可能性も高い。

そんなわけで、炎症性疾患、疼痛管理、不安・抑うつ・PTSDなどの症状緩和、などを目的として海外では役立てられている、比較的安全性が高い物質。

それがCBDである。

 

実際に使ってみた

CBDオイルと、加熱式タバコタイプのCBDを購入して試してみた。

 

CBDオイル

CBDオイルは、MCTオイル(中鎖脂肪酸)にCBDが溶かしてある製品。

ダイエットであまり脂質を摂りたくない私にとって摂取をためらわせる製品特性である。

なんとなくあまり効果を感じなかった。

ひとビンで約8,000円する。1ヶ月もつとして、270円/日。

結構、コストがかかる。

 

 

加熱式タバコタイプのCBD

次に加熱式タバコタイプのCBDを試してみた。

 

これは、とても鎮静を実感した。

以下に示すのは、海外でのCBDの1日摂取量の推奨用量である。

 

引用論文;Corroon, J., Sexton, M. & Bradley, R. Indications and administration practices amongst medical cannabis healthcare providers: a cross-sectional survey. BMC Fam Pract 20, 174 (2019). https://doi.org/10.1186/s12875-019-1059-8

最も推奨している人の割合が多かったのは、16〜30 mg/日だった。しかしこれは対象疾患により大きく異なる。

このデータによれば、一般的には加熱式タバコタイプのCBD製品の場合、一1〜2本/日らしい。

私の場合は、他人といる不快感、いわゆる社交不安が常に隣にあるのが当たり前の日常だったので、CBDを摂取して鎮静し落ち着いて、他人がいても特にイライラしないで落ち着いてリラックスして過ごせる状態を維持するには、100mg/日必要だった。

1本10mgのCBD配合の製品で、私が満足する量は1日10本、つまり100mg。

これ、1本378円。

つまり一般的には約400〜800円/日のコスト感。

私の場合は、約4,000円/日。高すぎる。無理。

 

結論;効果は期待できるが高すぎるから、もういいや

鎮静によるリラックス効果は申し分ない。

今までリラックスというのがよくわからんかったけど、これがリラックスしているときの気持ちなんだなぁと思った。

ぼーっとするという感覚。常に頭が何かを考えたり何かを話している状態のASD・ADHD合併の私にとって、とても新鮮な感覚だった。

これで体内の炎症も抑えてくれるのだから、可能なら是非継続的に投与したいところだ。

 

しかしながら、高すぎる。

もはや1日4,000円も必要なら無理である。諦めざるを得ない。

結局私が求めているのは、慢性的な社交不安・ストレスに対処することだ。

具体的には、ドパミンとノルアドレナリンの過剰分泌による交感神経系の過興奮を鎮静すること。

そう考えると、D2受容体のパーシャルアゴニストである、エビリファイやレキサルティでシグナル伝達を安定化させる方がクリティカルだし、セロトニン濃度を上昇させつつ一部パーシャルアゴニスト的な作用を示すS-RIMという新しい薬効群であるトリンテリックスの方がまだ有効な気がする。

加えて、モノアミンに直接作用しないで扁桃体〜青斑核のノルアドレナリンを抑制することができると考えられるADHD治療薬のインチュニブを組み合わせることで、パニック・社交不安の症状とストレスを軽減できるはずである。

これらを全て合わせても、保険診療で精神科の先生に処方してもらうならば、1日4,000円はいかない。

1日薬価で1,400円程度なので、3割負担でも約400円。1/10である。絶対こっちの方がコスパがいい。

私の場合は自立支援医療制度を受けているので、1割負担だから、140円/日である。断然こっち。

もしもCBDが医療用医薬品として保険収載されたら、投与を再度検討するだろうけど。

費用対効果を考えると今のところ、もういいかな。

 

あとは、ドパミンやアセチルコリンを分泌抑制するからか、SSRIを飲んだときのようなアパシー・アンへドニア(無気力、ポジティブ感情の低下、意欲の減退、報酬に対する感受性の低下、喜びの喪失)のような脱力感がある。

意欲のもとになるグルタミン酸は分泌増加しているはずなのに、おかしい。

筋トレや読書など、何かをしようとは思えない。

有意義な何か、と思うと全然意欲がないが、食欲や睡眠欲など、生き物としての根源的な行動については欲求が高まる。なので、よく食べよく寝ることはできる。

嫌なことをしているときに吸っていると、嫌悪感を麻痺させてくれるので作業そのものは終わりやすい。しかし吸いながらやっていると何をやったかはいまいち記憶していないから、勉強には向かない。

最終的には記憶に残さなくてもいいどうでもよくて面倒なタスク処理のときに吸っていた。仕事中はこれが一番の活用方法だった。

とにかく、心が瀬戸内海の水面のように穏やかで波が無い感じ。

喜びもないが悲しみもない。ただ生きている。そんな感じ。

以上の感覚から、モノアミンの動きから社会機能・認知機能を低下させる可能性がある関係で、社会生活をパワフルに営みたい人には少しデメリットがあるとも感じた。

 

少しでも役に立てば幸い。